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沢木耕太郎「なぜノンフィクションは生まれるか」 松下竜一が和田久太郎を描こうとした理由

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それは、望月桂の長男が言う「意地」というよりもう少し硬質のものであるように私には思える。心をコーティングする透明で硬質のおおいがなければ、恐らくは最後までアナキストとして、またそのシンパサイザーとしての立場を貫くことはできなかったろう。

つまり、この「緘黙」というたったひとつの言葉に、和田久太郎をはじめとするアナキストとその周辺にいた人々の、拠って立つところの最も本質的な精神が込められていたともいえるのだ。

ノンフィクションを書かせる最も素朴で強い力

では、そのような拒絶の手紙を受け取った松下竜一はどうしたらよかったのか。書くことを断念すべきだったのか。それもひとつの選択肢としてあっただろう。だが、松下竜一はそうしなかった。その言葉の重さを十分に理解した上で、自らの作品が粉砕されることを覚悟しつつ、最も重要な場所で「引用する」という方法を選んだのだ。

もし、私だったら? 私も書くことを断念はしなかったろう。なぜか。それは、まさに、「ここにこのような人がいた」からである。そのことに心を動かされたからである。

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人にノンフィクションを書かせる最も素朴で、最も強い力は、ここにこんな人がいた、ここにこんな出来事があった、という驚きである。たとえそれが、その人の生涯に添えられた一本の接線に過ぎなくとも、あるいは、その出来事に対するひとつの注釈に過ぎないとしても、その驚きを表現したいという願望の前にはなにほどのものでもないのだ。

その意味では、「後記」の《ペンを擱いたいま、けっきょく『獄窓から』の解説に終始したのではないかという気後れを拭えない》という謙遜は無用のものと思える。「解説」になることを喜んで引き受けるところにこそ、「ここにこのような人がいた」という心の昂ぶりを作品化することは許されるのだから。

しかし、それでもなお、「緘黙」の前に立ちすくむ「松下竜一」を、だから「私」を思わないわけにはいかない。

(2000年4月)

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