「ALPS処理汚染水」放出差し止め訴訟の切実な思い 原告側の海渡雄一弁護士に聞く、提訴の狙いと意義

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――水の同位体であるトリチウム(三重水素)はALPSでは除去できず、トリチウムを含んだまま、海水で希釈して海洋に放出されます。このトリチウムの健康影響について、国や東電はきわめて小さいという趣旨の説明をしています。

トリチウムの安全性については、科学者の間でも意見が分かれている。訴状では、ある放射線学者がトリチウムの安全性について書かれた世界中の論文を収集して分析したレポートの一部を引用した。それによれば、大半の論文ではトリチウムが内部被曝をもたらすとしており、少なくとも安全であるとは確認できていないと言える。

――国や東電は、国際原子力機関(IAEA)が今年7月に発表した包括報告書をよりどころにして海洋放出に踏み切りました。同報告書では海洋放出について「国際的な安全基準に合致し、人や環境への影響は無視できるほど小さい」とも述べられています。

IAEAは日本政府の要請を受けて同報告書を作成したが、序文でIAEAのグロッシ事務局長は海洋放出について、あくまで「日本政府の決定である」としたうえで、「推奨するものでも支持するものでもない」と述べている。つまり、同報告書が海洋放出にお墨付きを与えるものではないことは明らかだ。

――訴状では「海洋放出はロンドン条約の1996年議定書に違反する」と主張しています。どういうことでしょうか。

同議定書によれば、放射性廃棄物の海洋投棄は全面的に禁止されている。ところが、日本政府は同議定書によって禁止されているのは、船舶や海洋構築物からの投棄であり、今回の放出はそれに該当しないとしている。

しかし、今回、東電は海洋放出のために1キロメートルに及ぶ海底トンネルを建設している。これが海洋構築物に当たらないというのは、条約の趣旨を無視した主張だ。

提訴を通じ、まっとうな議論を展開

――今後の裁判の見通しは。

裁判に踏み切ることができて本当に良かったと思っている。

これまで専門家や市民グループが海洋放出の代替案を示して政府や東電に見直しを求めるなど、理性的な議論をしてきた。太平洋の島嶼国は独立の専門家パネルに科学的な評価を託した。韓国でも前政権時に、政府系の4つの研究機関が共同で海洋放出の問題性についてレポートをまとめていると聞いている。

ただ最近の日本では、海洋放出に反対の人は意見を述べた途端に、「お前の言うことは間違いだ」「中国を利するだけだ」という罵詈雑言を浴びせられている。裁判を通じ、まともな議論の場ができることの意義は大きい。

考えてみれば、放射性物質を故意に、人類共有の資産である海に流すという行為は、法律以前の道徳性の欠如である。日本のみならず、海外でも多くの人が反対していることには道理がある。そうした、当たり前のことを、裁判を通じて世の中に訴えていきたい。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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