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JR原宿駅、「木造駅舎」がシンボルだった街の変遷 「裏原宿」こそ本来の原宿、五輪が変えた風景

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1964年に東京オリンピックが開催されるまでは、表参道の広い通りは原宿駅の南側で山手線の線路を神宮橋でまたぎ越すと、明治神宮の鳥居の前で終点になっていた。

それが駅南西側に国立代々木競技場がオリンピックのサブ会場として建設されるなど、オリンピック関連施設が整備されるのに伴い、すぐ南側に「五輪橋」が掛けられ、井の頭通り方面へとつなげられた。単なる明治神宮の参道としてだけの機能から、東京都内の幹線道路網の一翼へと脱皮したのだ。

表参道からつながる五輪橋はオリンピックにちなむデザイン(筆者撮影)

東京メトロの駅名は別

1972年10月20日には、その表参道の地下を通る営団地下鉄(当時)千代田線の霞ケ関―代々木公園間が開業。国鉄原宿駅前に駅が設けられたが、駅名は原宿ではなく「明治神宮前」が採用された。そのため、千代田線と山手線を乗り継ぐ連絡定期券が発売されているにもかかわらず、慣れないと乗り換え駅だと認識されづらかった。

東京メトロの駅は明治神宮前を名乗る(筆者撮影)

千代田線は国鉄常磐線と相互直通運転を行う前提で建設されており、駅名を同じにすると、自動改札機が普及していない頃のこと。改札口にて定期券を目視で確認する際、国鉄しか乗れないルートの定期券か(例えば松戸―日暮里経由―原宿間)、あるいは営団地下鉄にも乗れるルートの定期券か(例えば松戸―千代田線経由―明治神宮前間)が、すぐさま判別できないため別駅名にしたとの説がある。なお、自動改札機の普及もあってか、2010年3月6日より東京メトロの駅名も案内上、「明治神宮前〈原宿〉」に変更しており、原宿を訪れる遠来の客にわかりやすくした。

【写真を見る】JR原宿駅、「木造駅舎」がシンボルだった街の変遷 「裏原宿」こそ本来の原宿、五輪が変えた風景(12枚)
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