「5浪文系が理系の院に」無気力だった彼の変貌 1浪で入った大学に慣れず休学、その後の彼は?

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なかたにこさんは大阪生まれで、保険会社で働く父親と、専業主婦の母親のもとで育ちました。

「こだわりが強かった」と当時の自身の性格を分析する彼は、小学校時代には1学年60~70人いる学校の中で、つねにトップの成績だったそうです。

中学受験に挑戦した彼は、第一志望の甲陽学院中学校・高等学校には惜しくも届かなかったものの、進学校である六甲学院中学校・高等学校に進学しました。

しかし、第一志望に入れなかったことが響いたためか、勉強に身が入らなくなってしまったそうです。

「中学に入ってからはゲームとか、漫画やアニメにのめり込んでしまいました。そのため、どんどん成績が下がっていったんです。中学レベルのことも全然わかっていない状態で高校に上がってしまい、高校2年生のときには下から2番目の成績を取ってしまいました」

ようやく高3のときに進路を考え始めますが、周囲が大学に行くので、「じゃあ自分もとりあえず行くか」という軽い感じで決めたそうです。

「大学のレベルもまったくわかりませんでした。とりあえず第一志望は京都大学と言っておこうという感じでした。勉強に興味がなくて、周囲が受験勉強をしているから、自分も学校に残って勉強していたけれども、ただ参考書を眺めているだけでした。当時はそれで、頑張っているつもりになっていたんです」

高校3年生で受けたセンター試験は、得意の数学だけは8割を超えましたが、5教科7科目では57%に終わります。結局この年の受験は、大阪府立大学、上智大学、関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)と何校か受けたものの、すべて落ちてしまいました。

予備校には通っていたものの…

こうして1浪が確定したなかたにこさん。浪人を決めた理由は、現役時と同じく「周りが大学に行くから」という消極的な理由だったようです。

「周囲の人がみんな国公立に入っていましたし、両親も大卒だったので、その流れで浪人することにしました」

そう決めた彼は駿台に入り、浪人生活をスタートさせます。しかし、「大学で勉強したいことや目標がなかった」と語る彼は、予備校での勉強にも身が入らず、面白い先生の授業だけを受けて、あとは授業中に寝たり、友達と休憩室で話したり、喫茶店やゲームセンターに行くなどしていたそうです。

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