仕事がデキない人がつい口にする「反省の弁」3つ 「努力不足でした」と言うのは悪くないが…

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おそらく反対だ。経営者たちは、よけいにカチンとくる。開き直っているようにも聞こえるからだ。不祥事を起こして記者会見を開いた社長がよく使う言葉だ。

報道陣に対しては、このような「反省の弁」も通じるかもしれない。しかし、相手は経営陣だ。

「すべて私の責任です、と言ってたら、それで済むと思ってんのか?」

「じゃあ、どうやって責任をとるんだよ。具体的に言ってみろ」

「頭を下げてたら、責任をとったと思ってんのか?」

と言いたくなる。

しかし今の時代、こんなふうに責めると「パワハラ」と受け止められるだろう。だからこそ、よけいに歯噛みしたくなるのだ。

責任と権限と義務のおさらいをしよう

3位の「努力不足でした」

は、まだ救いようがある。自分の努力に焦点を合わせているからだ。努力の中身、努力の方向性、努力の量を変えたら、次は成果を出せるかもしれない。

しかし、

2位の「不徳の致すところ」と1位の「すべて私の責任です」は、自分の行動ではなく、自分自身に向けている。

恥をしのんで「すべて私の責任です」と言い切ったのだから、もうこれ以上は追及してくれるな、という姿勢が見え隠れするからだ。

何が問題であったのかを分析し、次に役立てようという気概をも放棄している。

「すべて私の責任です」

と言いながら、実は無責任さを全面的にアピールしているのだ。

ちなみに責任と権限と義務について、意外と正しく理解していない人が多いので、ここで整理しておきたい。

責任とは、職務を全うすることである。
権限とは、職務を全うするためにリソースを活用できる権利のこと。
義務とは、職務を全うするための報告義務・説明責任である。

期待された成果を出せなかったのだから、責任を感じて当然だ。だからこそ、なぜうまくいかなかったのか、説明する義務がある。

そうしてはじめて責任を果たした、と言える。

期待に応えられなかったのだから、ポーズでもいい。まず真摯に反省しよう。しかし、大事なのはその後だ。

どのように説明するか、である。

ポイントはもちろん「権限」である。

責任を果たすためには、組織のリソースを使う権限がある。リソースとは「ヒト・モノ・金・情報・時間……」など、いろいろある。

とくに組織マネジャーなら、いろいろなリソースを活用できる権限があるだろう。それを効果的、効率的に使ったのか。もしそうでなかったら、どのあたりに問題があったのか。具体的に解説すべきだ。

例えば、夏のイベントの集客目標が500人だったとする。しかし結果として340人しか集まらなかったとしよう。上司から

「なぜ達成率が68%しか、いかなかったんだ?」

と言われて、

「努力不足でした」

と答えている場合ではない。「申し訳ありませんでした」と謝っておいてから、まずは問題の箇所に言及しよう。

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