映画「オッペンハイマー」広島の被害描かない疑問 原爆被害のリアルが世界に伝わらないジレンマ

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原爆は『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』や『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』にも出てきたが、それらの描写はリアルとはほど遠かった。もちろん、それらは娯楽映画だし、誰もインディ・ジョーンズやウルヴァリンが本当に被爆するような様子を見たくはないので、それはそれで良い。

今回ノーランが作ったのは、事実を語るシリアスな映画であり、観客もそのつもりで観に来る。せっかくスタジオにR指定になってもいいと承諾を取ったのだし、アメリカ人に原爆のリアルを知ってもらうチャンスだった。しかも、上映時間は3時間もあるのだ。

史実の一部を省いてもいる

さらに「それだけ長い時間があるのに、もうひとつ大事な部分が欠けている」と「Sydney Morning Herald」は指摘する。『オッペンハイマー』では、1939年にアルバート・アインシュタインが、強力な武器になり得る物理上の発見についてフランクリン・ルーズベルト大統領に手紙を書き、大統領が興味を持ったことで原爆のプロジェクトがスタートしたことになっている。しかし、「Sydney Morning Herald」によると、アインシュタインの手紙の話は本当ながら、当時、アメリカの科学者は誰も原爆の可能性を信じていなかったのだという。

オッペンハイマー 原爆
映画ではアインシュタインと原爆の関わりも描かれる(c)Melinda Sue Gordon/Universal Pictures

一方、イギリスでは、オーストラリア生まれの物理学者マーク・オリファントがふたりのユダヤ人物理学者から核について新たな情報を得て、ナチスに先を越されないよう、イギリス政府に今すぐ動くべきだと説得した。だが、ナチスの攻撃を受けていたイギリスにはお金がなく、お金のあるアメリカに声をかけた。

しかし、アメリカの反応は鈍く、イギリス政府はオリファントをアメリカまで送り込むことになる。そこでオリファントは、以前から親交のあるアメリカ人科学者アーネスト・ローレンスに会い、オッペンハイマーも紹介してもらって、計画は前に進んだというのだ。

「Sydney Morning Herald」は、この映画はアメリカ中心に書かれているともいう。オーストラリア人にしてみたら、歴史を大きく変えたこの技術を先に知っていたのは自国の人間だったという部分を省かれたのは、残念だったのだろう。

広島、長崎の状況同様、そこも、ノーランがこの物語を語るうえでは必要ないと判断したということ。作品は作り手の芸術的選択によって生まれるもので、たとえ「A」を取ったとしても、全員を満足させることはできない。ヒットした場合はより多くの人が見るため、とくに実話の場合、「もっとこうしてほしかった」「実際はもっとこうだった」というような意見が出てくる。

だが、そうやって人々の話題に上るだけでも、意味があることだ。『オッペンハイマー』を観た人たちが、少しでも注意を払ってくれることを願うばかりである。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
X:@yukisaruwatari
 

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