つまり、医療保険、年金保険のような高齢期の生活費を社会化した制度の存在そのものがこどもへの需要曲線(限界便益)を下方にシフトさせ、加えて、女性の高学歴化や経済のソフト化などは子育てへの機会費用を高め、供給曲線(限界費用)を上方に引き上げる。
その結果、少子化が進むわけだが、高齢期の生活を家族依存型に戻して需要曲線をかつての位置に戻す選択肢は、高齢者の貧困問題を深刻にすることになるためにありえない。
そうなれば、ミュルダール夫妻が「消費の社会化」と呼んだ、こどもに関する費用を個々の家計から国家予算へ移行することにより、供給曲線を下方にシフトさせる選択肢しかない。そしてその政策を、彼らは予防的社会政策と呼んだ。
つまり、諸々の困難が顕在化する前に普遍主義的社会政策を実行する。これしか、民主的国家において出生率低下に歯止めを掛けうる手段はないと。そしてこの観点から行う政策は、別に、低所得者対策でもないのであるから、所得制限もない。
子どもを持つことの供給曲線が高いところに位置する今は、女性にとって結婚は魅力が薄いライフイベントとなっている。2004年には書いていたことだが、供給曲線を下方にシフトさせる政策は、結婚や子育て、ひいては男性の魅力のかさ上げになる。
賃金システムの欠陥を補うための社会保険の活用
私が考えてきたのは、家計における子ども・子育て期の支出の膨張と収入の途絶に対応することが難しい賃金システムの欠陥を補うための所得の再分配制度は、賃金比例、労使折半を創った19世紀後半のビスマルク以来引き継がれてきた社会保険の賦課・徴収方法を活用してはどうかということである。
それは同時に、少子化の大元での原因である、医療、介護、年金保険という主に高齢期向けの社会保険の加入者が、みんなで連帯して子ども・子育てを支えるという意味も持つ。
この賃金比例、労使折半という社会保険の財源調達方法は、使用者からみれば労働者をして「自助の強制」を図る仕組みのようにも見え、労働者から見れば使用者の協力を得て自分の支援が倍額になる。例えば、ワンコインの支援がツーコインの支援になる仕組みのようにも見える。
もちろん、(中編で後述するが)ほとんど賃金比例であるために、その限りでは公平な仕組みである。
加えて、今の日本の介護保険制度と後期高齢者医療制度には、保険料の特別徴収制度があり、この制度により高齢者は年金給付から保険料を天引きされる仕組みになっている。そのため、これら社会保険制度の活用は、長く政府の文書に書かれてきた「子ども・子育て支援の充実を支える安定的な財源について、企業を含め社会全体で連帯し、公平な立場で、広く負担し、支える仕組み」の選択肢となりうるものである。
もちろん、今回の「こども未来戦略会議」でまとめられたように、その財源構成は、国税と地方税からなる「公費」と「賦課対象者の広さを考慮した社会保険の賦課・徴収ルートの活用」のミックスにならざるをえないだろう。
部分的とは言え、「社会保険の賦課・徴収ルートの活用」によって消費の平準化を図る方法では、財政健全化目標を含め、数多くある莫大なほかの財政需要に先んじて安定財源を確保することができる。以前から、この国の財源調達論議を眺めていると、そうした財源の先取り戦略が、歳出削減圧力などから国民の生活を守るためにも必要であるように思えていた。
そして可能な限り、一般的な税収や歳出見直しなどで見込まれるほかの財源は、ほかの財政需要に譲る。例えば、第4回こども未来戦略会議では、今後、後期高齢者医療制度の給付が人口構成の影響を受けて増えることが見込まれているために、その財源に関しては、公的な医療、介護、年金保険など高齢期の生活費を社会化した制度のおかげで使われずに済んで残された資産を含む相続財産に対する社会保障目的相続税などを私は提案していた。
なお、2022年末にまとめられた「全世代型社会保障構築会議」の報告書には、「社会保障の意義を再認識すべきである。すなわち、市場による働きによって生じた所得分配の歪みに対して、社会保障は、より必要な人たちにより多くの所得を再分配する機能を発揮すること…」とある。
今回のこども未来戦略会議は、市場による所得分配の歪みを正す社会保障、所得再分配の意義を再認識できる方向へ向かう第一歩であったように思える。
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