社会保険が子ども・子育てを支えるのは無理筋か 「提唱者」権丈善一・慶応大教授が寄稿(上)

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子ども・子育てに関してはどうであろうか。「日本のように、家族依存型の福祉国家の国々――東アジア諸国、南欧――が、急激な少子化に苦しんでいるという特徴もあり、こうした福祉国家の型は(少子化に)強く影響している」。これは2007年に私が書いていた文章である。今、この国で議論されていることは、子ども・子育ての世界を、かつての介護のように社会化(政府依存型)していこうということである。その際のキーワードは、消費の平準化となる。

消費の平準化とは何か?

医療費の50%以上、介護給付費の96%は70歳以降で使い、年金給付費の83%ほどは老齢年金である。医療、介護、年金保険はこれら高齢期に集中する生活費を若いときから負担しておいて、将来になったらそれを使うという形で支出を平準化していることになる。これが消費の平準化(consumption smoothing)であり、社会保障という所得再分配制度が担う主な役割である。

社会保障というと、一部の人は「自分とは関係のない、困っている人へのほどこし」というイメージを持つようだが、社会保障給付費の約9割は社会保険であり、この社会保険の機能は所得再分配によって、われわれの消費を平準化することである(生活保護など公的扶助は社会保障給付費の3%程度)。

社会保険制度が行っている所得再分配は、次の3つである。

1. 今必要でない人から今必要とする人への「保険的再分配」
2. 必要でないときから今必要なときへの「時間的再分配」
3. 所得の高い人からそうでない人への「垂直的再分配」

これらの所得再分配により、消費が「必要な人・とき」へシフト(平準化)し、中間層の生活を守っている。すなわち、防貧機能を果たしているわけである。ピケティの言葉を借りれば、「現代の所得再分配は、金持ちから貧乏人への所得移転を行うのではない。(中略)それはむしろ、おおむね万人にとって平等な公共サービスや代替所得、特に保健医療や教育、年金などの分野の支出を賄うということなのだ」ということになる。

なぜ、そうした再分配政策が必要となるのか。その理由は、われわれが生きていくうえで必ず直面する「支出の膨張」と「収入の途絶」には、賃金システムでの対応は難しい――というのも、賃金システムは、個々の家計の必要性というよりも市場における生産活動への貢献度に基づいて市場が所得を分配する仕組みだからである。

上図は、19 世紀末から20 世紀初頭にかけての大英帝国で「貧困の発見」と呼ばれた時代を作るきっかけの1つとなった貧困調査の結果である。賃金労働者の場合、貧困、すなわち貧困線以下に陥るのはライフサイクルをもって訪れる。子どもの誕生から養育期、そして労働市場から退出した高齢期は貧困線の下に落ちていくことがわかる。

この貧困のライフサイクルの発見は、それまでもうすうす感じられていた賃金システムの欠陥、市場による分配のあり方の欠陥、歪みを強く認識させることになっていった。

人間が生きていくうえでは、どうしても、子育て期や病気のときに支出の膨張(養育費・教育費や医療費)が起こる。また、養育期をはじめ、病気になったり年をとったりして働けず、収入の途絶が起こることにもなる。

先ほどの図は、貧困線の下に構造的に陥るのが、子どものとき、子どもを育てているとき、そして高齢期に入ったときであることを示している。

次ページ「支出の膨張」「収入の途絶」に対応できない賃金システムを修正するもの
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