米議会はオバマに貿易促進権限を与えるべき 米ハーバード大のマンキュー教授が忠告
経済学者というのは、えてして意見が分かれがちだし、大学の経済学部のゼミには激しい討論がつきものだ。だが通商問題を含め、経済学者の意見がほぼ例外なく一致するテーマというものもある。
スミスの『国富論』でも自由貿易を支持
経済学において自由貿易を支持する意見は、18世紀に『国富論』を著し、近代経済学の祖と言われるアダム・スミスにさかのぼる。スミスは他国との貿易と同じ社会における取り引きとの間に何ら違いはないと指摘した。
スミスはこう説いた。「一家の賢明なあるじであれば、買うよりも作るほうが高くつくものをわざわざ家で作ったりはしない」。
理性的な判断ができる人なら、衣服をすべて自分の手で作り、食べ物もすべて自分で育てるなどということはしない。同じように、理性的な国であれば世界から孤立する道を選ぶことで豊かになろうとはしないものだとスミスは言うのだ。
このスミスの主張は当時、優勢だった重商主義への反論だ。重商主義者は輸出には積極的だったが輸入には懐疑的だった。輸出による利益は金の蓄積につながるが、輸入品を買えば金準備高は減ってしまうと考えた。
だがスミスはこの見方をひっくり返した。国は輸入からも利益を得ていると彼は主張した。なぜなら輸入により、消費の機会が増えるからだ。輸出が必要なのは、他の国々が自分たちの売る商品に対する支払いを求めているからに他ならない。
現代では、金の保有を過度に重視する姿勢こそ珍しいものの、通商問題をめぐる議論では、新しい形の重商主義が幅を利かせている。政治家も評論家も、国内の雇用減につながると言っては輸入を恐れ、雇用を創出すると言っては輸出を賞賛する。
これに対し経済学者は、どんなパターンの貿易であっても完全雇用は可能だと反論する。問題は雇用の数ではなく、どこの雇用かということだ。増えるべきは米国が他国よりも強みを持つ産業分野における雇用だ。もし米国内よりも安く作れるというなら、外国の製品を輸入すべきなのだ。
経済学者が自由貿易のもたらす恩恵についてこれほど確信を抱いているのに、なぜ国民や国民に選ばれた議員たちは自由貿易に懐疑的になるのだろう。答えのひとつは、ジョージ・メイソン大学のブライアン・カプラン教授が2007年に著した『選挙の経済学』という本の中にある。