「しれっと」高支持率続けるフィリピン大統領の手腕 マルコス大統領就任1年、無難ながら内紛の兆しも

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マルコス氏はこの1年、ドゥテルテ前大統領がたびたび行ってきた丁々発止の問答を繰り広げるような記者会見は開いていない。簡単な囲み取材や外遊時の機内でのやりとり、政権寄りのメディアや質問を事前に提出する外国メディアのインタビューには応じているが説明責任という点では物足りない。

他方、意外だったのは、多くの行事に気軽に出向く腰の軽さである。

2023年2月22日にマニラ首都圏のホテルで催された日本大使館主催の天皇誕生日のセレモニーに出席、スピーチを行った。他国の国王らの誕生日パーティーに大統領が駆けつけた例は聞いたことがない。

2月6日、中国との領有権争いを抱える南シナ海でフィリピン沿岸警備隊の巡視艇が中国の公船からレーザーを照射される事案があり、マルコス氏は同14日、大統領執務室に中国大使を呼び、ただちに懸念を伝えた。これまでなら外務省が対応していたケース。大統領自らの直接抗議は異例中の異例といえる。

民間も含めて各種のイベントにも頻繁に足を運んでいる。前任、前々任を明らかに上回る身の軽さ、マメさも支持率の高さにつながっているようだ。

目指すは一家の名誉復活?

独裁者の代名詞のような存在だった父の記憶から、反マルコス派や外国メディアには「新大統領はドゥテルテ氏以上の権威主義に傾くのではないか」という警戒感があった。

ところがふたを開けてみると、違法薬物摘発が緩くなり、覚醒剤の値段が下がったとか治安が悪化したなどの世評があり、ドゥテルテ氏を麻薬対策の特別職に起用するよう求める声まで上がるほどだ。政権に異を唱えるメディアを弾圧したり、反対派を拘束したりといったドゥテルテ氏や父のような強権もいまのところ振るっていない。

それでもかつての政変で追放され、失われたマルコス家の名誉を取り戻そうとする意思は明らかだ。

2月25日はフィリピンの祝日である。1986年、首都圏エドサ通りを埋め尽くした「ピープルパワー」によって父の政権が崩壊し、マルコス家がアメリカへ追放された「革命記念日」。大統領になって初めての記念日への対応が注目されるなか、マルコス氏は前々日の23日夕方になって突然、祝日を24日に1日前倒しすると宣言した。25日は土曜日なので連休を増やすためとの理由だったが、発表が急だっただめ教育現場や職場は混乱した。

当の25日、政変の舞台となったエドサ通りで、催された恒例の公式式典に大統領の姿はなかった。代わりに「国民を分断した歴史を振り返る時、国家としていかに団結して強くなったかを国民とともに私は記憶している。進歩と平和、全国民により良い生活を提供する社会を築くため、政治的立場の異なる人々にも和解の手を差し伸べたい」との声明を出した。37年前の政変は「国民を分断した」という認識だ。

これに対して、政変の主役となったコラソン・アキノ氏の家族は「エドサ革命は、勇敢で真に連帯した人々が独裁政権から自由を取り戻すことができることを証明した。この精神は民主主義を守り、われわれをだまして権利と自由を侵食しようとする者たちと立ち向かう精神と同じであり、今も生きている」との声明を出した。

この1年、マルコス氏を観察していると、何事があっても柳に風、激することもなく、しれっとしているところがこの人の強さだろうと感じる。

6月19日、マニラ首都圏で催された情報関連の国際会議でマルコス氏は「フェイクニュースは現代社会から追放されるべきだ。メディアと情報リテラシーのキャンペーンを始める」と演説した。大統領選以前から、マルコス陣営の偽情報流布やSNSによる組織的相手陣営攻撃を繰り返し報道してきたネットメディア・ラップラーは、「偽情報の最大受益者が反フェイクニュースキャンペーンを始める」と皮肉る記事を掲載した。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「ルポ フィリピンの民主主義―ピープルパワー革命からの40年」、「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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