がん免疫療法「掟破り」臨床試験に研究者が挑む訳 背景にある問題「ライバル社の薬とは比べない」

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実は、がん免疫療法の発展には、日本人の医師・研究者が大きな貢献をしてきた。その1人は中村祐輔・東京大学名誉教授(現・国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長)だ。ゲノム情報に基づき、患者1人ひとりに合わせて治療することを、個別化医療という。

この概念を確立したのが中村名誉教授で、2020年9月、論文引用数から選出されるアメリカの「クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞」を受賞し、アメリカのメディアはノーベル生理学・医学賞の最有力候補として報じた。

中村名誉教授と並ぶ貢献者は、本庶佑・京都大学特別教授と小野薬品工業だ。両者は協力し、世界で初めて免疫チェックポイント阻害剤に分類されるがん免疫治療薬、オプジーボの開発に成功した。この薬は2014年7月、悪性黒色腫を対象に世界に先駆けて日本で承認された。その偉業については、改めてご説明するまでもないだろう。

オプジーボは2013年にアメリカの科学誌『サイエンス』が選ぶ「ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー」のトップを飾り、本庶特別教授は2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

衝撃を与えた日本の臨床試験

オプジーボの承認から約9年が経過し、臨床試験も蓄積されてきた。この点でも日本は大きな貢献をしている。さらに最近になって、日本からの発表が世界に衝撃を与えた。それは、4月28日、国立がん研究センターを中心とした研究グループ(JCOG:日本臨床腫瘍研究グループ)が、肺がんに対するオプジーボなどの第3相臨床試験を中止したことだ。

2014年にオプジーボが悪性黒色腫に承認されて以降、腎細胞がん、肺がん、悪性リンパ腫、頭頸部がん、胃がん、大腸がん、食道がんなどに適応が拡大された。

このようながんの中で、特に臨床研究が進んでいるのは肺がんだ。それは患者数が多いからだ。臨床研究で被験者となる患者をリクルートしやすいし、効果を証明できれば、製薬企業にとって大きな売り上げが期待できる。

今回、中止となった臨床研究は、再発、あるいは進行した未治療の非小細胞肺がん患者を対象としたものだ。JCOGの研究者たちは、肺がん治療に通常使用される「抗がん剤+キイトルーダ」と、「抗がん剤+オプジーボ+ヤーボイ」の2つのグループにランダムに患者を割り付け、両者の有効性を比較した。キイトルーダとヤーボイは、オプジーボと同じ免疫チェックポイント阻害剤の仲間だ。

研究が早期に中止となったのは、オプジーボ・ヤーボイ群に登録された148人のうち、11人(7.4%)が副作用で死亡したからだ。主な死因は肺臓炎(3人)、サイトカイン放出症候群(2人)など、免疫系の合併症である。研究者たちがあらかじめ設定していた副作用死の基準である5%を上回っていた。

この臨床試験が世界の注目を集めたのは、JCOGの研究者たちが、小野薬品が開発したオプジーボと、そのライバル薬であるアメリカ・メルク社が開発したキイトルーダを比較したからだ。

通常、製薬企業はこのような臨床試験を実施したがらない。万が一、自社の薬が負けたときのリスクが大きすぎるからだ。

オプジーボとキイトルーダは、製薬業界で「ブロックバスター」と称される大型商品だ。現在、小野薬品と欧米での販売を担当するアメリカのブリストルマイヤーズ・スクイブ(BMS)連合とメルクは、売り上げを上げるべく、激しい競争を繰り広げている。

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