40年の歴史「タモリ倶楽部」終了が意味するもの オタク文化に繋がる趣味の教養化と知的笑い

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一方、「タモリ倶楽部」はお祭り化からは距離を置きながらも持ち前の「趣味の教養化」と「知的笑い」によって“壊す笑い”の重要な一端を担った。そして、深夜番組ならではのディープな味わい、すなわち“深夜番組らしさ”の観念を定着させることに大きく貢献した。要するに、深夜番組のスタンダードになったのである。

例えば「知的笑い」の要素は流行現象を歴史上の事実になぞらえる教養番組のパロディ「カノッサの屈辱」(フジテレビ、1990年~1991年)に見出すことができるし、また音楽や競馬、さらにはラーメンやカレーなどのマニアが知識を競い合う早押しクイズ「カルトQ」(同、1991年~1993年)は「趣味の教養化」をベースにしたものと言えるだろう。「タモリ倶楽部」は、こうした深夜番組の発展のための地盤固めの役割を果たした。

こうして隆盛を迎えた深夜番組は、テレビ全体の構図すらも変えることになる。深夜帯は隔絶された特殊な時間帯ではなく、将来のプライムタイムでの放送も見込んだ時間帯となった。言い換えれば、深夜番組はテレビのトレンドの発信源になったのである。「カルトQ」などもそうして“昇格”した番組の一つだった。

現在もその構図は変わっていない。例えば「シャワーヘッド」など毎回ニッチな分野に精通した人々が登場して蘊蓄を披露する「マツコの知らない世界」(TBSテレビ)は、「趣味の教養化」の系譜を受け継ぐ代表的番組だが、2011年に始まったときは深夜番組であった。そのような例は枚挙に暇がない。

ただ、「タモリ倶楽部」は違っていた。「毎度おなじみ流浪の番組」というのは毎回冒頭でタモリが発する決まり文句だが、その言葉に反して放送時間は終始金曜深夜から移動することはなかった(関東地区)。深夜番組がプライムタイムのような早い時間帯に移動することは一つの名誉には違いないが、その結果深夜時代の濃さが失われ、番組自体の輝きを失ってしまうことがままある。そのことを意識したかは定かでないが、「タモリ倶楽部」は深夜帯にずっととどまり、その“良心”であり続けてきた。

バラエティ番組の「タモリ倶楽部」化

とすれば、なぜこのタイミングで終了のときを迎えることになったのか?

「タモリ倶楽部」が担った「趣味の教養化」は、深夜に限らず、今やバラエティ番組の王道と言っても過言ではない。先述の「マツコの知らない世界」もそうだし、「アメトーーク!」(テレビ朝日、2003年放送開始)でも、「家電芸人」や「キャンプたのしい芸人」など趣味系の企画は定番だ。「立ち食いに取り憑かれた佐藤栞里」のように、何かに強烈にハマっている芸能人への密着企画が人気の「沸騰ワード10」(日本テレビ、2015年放送開始)などもある。

その意味では、「タモリ倶楽部」は歴史的役割を終えたのかもしれない。極論すれば、バラエティ番組全般が「タモリ倶楽部」化したとも言えるからである。さらには、ユーチューブなどSNSを通じて趣味の深掘りコンテンツを一般人も発信できる時代になった。タモリ自身に関しても、「ブラタモリ」などで趣味人としての自分を今後も見せていくことができる。

ただその一方で、「タモリ倶楽部」のもう一つの特色だった「知的笑い」としてのナンセンスやパロディ、とりわけ鋭い批評性のある知的な笑いは、皆無というわけではないが今のバラエティ番組ではあまり見られない。

そのあたりは、よく言われるようにコンプライアンスが厳しくなった時代背景もあるだろう。むろん時代の変化に伴う社会規範やモラルの変化もあり、それが必要な面もある。しかしコンプライアンスを無批判に適用するあまり、知的な笑いがやせ細ることは、テレビ文化そのものがやせ細ることに繋がりかねない。

とすれば、今回の「タモリ倶楽部」の終了はまだテレビに残されていた批評的知性のいっそうの危機に繋がってしまうのではないか。そのことの重さを、私たちは今一度真剣に受け止め、じっくり考えてみるべきだと思う。

太田 省一 社会学者、文筆家

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おおた しょういち / Shoichi Ota

東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本社会の関係が研究および著述のメインテーマ。それを踏まえ、現在はテレビ番組の歴史、お笑い、アイドル、歌番組、ドラマなどについて執筆活動を続けている。著書として『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『平成テレビジョン・スタディーズ』(青土社)、『テレビ社会ニッポン』(せりか書房)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『中居正広という生き方』『木村拓哉という生き方』(いずれも青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房)などがある。

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