2週間、毎日3時間の「ボイストレーニング」の集中講座に集まったのは10人で、私以外は全員が役者もしくはその卵だった。
そもそも役者になる人は、ボイストレーニングを当然受けているものと思っていた。実際、大学などで演劇を学んだり、歌手やミュージカルなど舞台で活躍する人の間では一般的なようだ。しかし、さほどの声量を求められない映画やテレビだけの役者の中には、本格的な発声法の知識もないまま演技をする人もいるのだという。
講師はシェークスピア&カンパニーなど伝統ある劇団で経験を積んだ、ロバート・セレル氏。発声法にはいくつもの流儀があるが、そのうちの最もメジャーなメソッドを完璧にマスターした認定コーチだ。米国には、こうしたボイスコーチが1万人以上いる。有名歌手、ハリウッドの大物俳優の活躍の裏にはこうした専門家ががっちりとついているのだ。
ソレル氏は、普段は物静かな話し方なのに、スイッチが入るとすさまじい迫力で、ハムレットの「To be or Not to be」などと謳いあげ、聞いている方は雷を打たれたような衝撃を受けてしまう。深く、奥行きがあり、豊かな声。そう、よい声とは、叫ぶことで聴衆に無理やり押し付けるものではなく、聴衆が思わず前のめりになってその声の中に吸い込まれてしまう――。そんなものらしい。
発声は全身運動
2週間の熱血指導の内容をここにすべて書ききれるものではないが、エッセンスの一部を「黄金の3箇条」としてご紹介しよう。
まずひとつ目。一般的に、声はのどの奥から出すものと考える人は多いだろう。のどの奥の声帯を震わせて声を出す。これはそのとおりだ。男性は女性より大きな咽頭を持ち、ゆえに声が女性より低く、太い場合が多い。
日本で受けたボイストレーニングでは、口を大きく開けて発声することに重きが置かれ、滑舌の練習など、口回りのエクササイズにほとんどの時間が使われた。
一方、ブロードウェイスタイルでは、実際にのどを使った発声練習に入ったのは数日経ってから。それまでは、声の出る仕組み、呼吸法、全身のほぐし方などがたっぷり教示される。声とは、のどから出すものではなく、全身を使って出すものであり、そのためには体の緊張を徹底的にほぐさなければならない。歩き回ったり、手を動かしたり、頭を動かしたり……。
そして、多くの時間が床に寝そべって声を出すことに費やされた。仰向けになって体を床に預けることで、発声の妨げになる筋肉の緊張を徹底的にほぐすことができるという理屈だ。
ヨガのようなポーズも多用され、3時間のレッスンは、まさに全身のエクササイズのクラスのような様相だった。
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