三島のこの発言は、ある種の現代性を帯びている。「精神的に健康であるためには、まずは筋トレや規則正しい生活をしよう!」という言説は現代でむしろ流行っているものではないだろうか。筋トレ好きで、生活習慣をただすことで自らを律しようとした三島。彼は太宰よりもよっぽど現代的で先進的な考えを持っていた、といえるだろう。
しかし三島の発言はマッチョすぎる、という批判もやっぱり可能である。太宰の心の病は、たしかに生活習慣を整えたらましになっていたかもしれないが、それでも治ると断言するのはいかがなものだろうか。頑張れない人に「いや普通に頑張れよ」と言う三島の発言は、やはりちょっといきすぎである、という意見もあるだろう。
実際、「僕は太宰さんの文学は嫌いなんです」と太宰に向かって三島が直接伝えたという。三島の太宰への嫌悪は、まっとうな批判というよりも、もうすこし私的に、そして過剰に、個人的な嫌悪のように見える。
三島もかつては太宰と「同じ側」にいた
私はこの「三島から太宰への嫌悪」に、むしろ三島側の問題を見出してしまう。というのも、三島は昔、華奢で体力のない子だったのだ。そう、ある意味、太宰と「同じ側」にいたのである。
例えば、徴兵検査で自分の筋力がなさすぎて笑われたこと。祖母に育てられた影響で、昔は女の子らしい言葉遣いをしていたこと。病弱ゆえに陸軍入隊を認められなかったこと。それらの有名なエピソードは、三島が若いころ、どれだけ自分の病弱さを恥じたかを物語る。
なんと、美輪明宏が若かりしころ、三島由紀夫とともにクラブで踊っていた際、体型のことをからかったらすごく怒られたというエピソードを語っている(出所:『「体を鍛えるきっかけは私」美輪明宏語る三島由紀夫との思い出』、Webサイト『女性自身』記事投稿日:2015/03/21)。
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