「汚いトイレを使う」息子を父がうれしく思った訳 7000kmのキャンピングカー旅で感じた「成長」

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田端信太郎さんが息子に伝えたい学校での学びとは――(写真:『自分を探すな 世界を見よう 父が息子に伝えたい骨太な人生の歩き方』より)
「99%の『やりたい』ではなく、1%の『やる』が夢を現実にする。未来を生きる君たちには『やる側』でい続けてほしいんだ」。息子たちと走ったアメリカ7000キロのキャンピングカー旅で、父である田端信太郎氏が考えた「自分で人生を選び取るために本当に必要な考え方」とは何か。
リクルート、ライブドア、LINE、ZOZOと大企業から最先端企業に引き抜かれ、個性の強い経営者の横で戦い実績を積んできた最強ビジネスパーソン田端氏が、自分軸、学び、家族や仕事、男論などを「社会人となった息子への手紙」という形で人生哲学を語った(『自分を探すな 世界を見よう 父が息子に伝えたい骨太な人生の歩き方』から一部を抜粋・再構成して紹介します)。

学校で学ベること学ベないこと

学校の勉強はときに、退屈でつまらなく感じる。たとえば歴史の教科書なんて、最高の人間ドラマの題材があるのに、よくもまぁこんなにつまらなく書けるものだと逆に感心するほどだ。とはいえ、学校で学ぶことそのものにももちろん意味がある。

1つは、体系的に物事を学ぶことができることだ。

今はインターネットがあるので知識を得ること自体はすぐに誰にでもできる。しかし好きなことを好きなように学ぶあり方は、知識のつまみ食いのようになってしまい、理論立てて考えることができなかったり、見え方が偏ってしまったりするというネガティブな側面もある。

統一された原理や原則を学ぶからこそ、物事を抽象化して考えたりするという頭の使い方もできるようになる。三国志の孔明も、戦の原理原則、つまり「兵法」を体系的に学び理解していたからこそ、よい戦略が立てられたのだ。

そういう意味で教科書があり、先生がいて、筋道を立てて教えてもらえるという環境は大変にありがたい。

また、義務教育期間で学ぶことは、すベての基礎になる。大人になって愕然としたが、中学校レベルの数学や英語ができない成人が日本にはあふれている。それどころか、小学校の国語ですらあやしい人も多い。

基礎が身についていない人がその上から何かを学ぼうと思っても、まず身につかない。論理が理解できないし、そもそもテキストすら正確に読み解けないのだ。

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