仏のデモに見る年金改革がとてつもなく難しい訳 過去の社会契約が実行不能なのはもはや明らか

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昨今の改革にもかかわらず、年金制度の持続可能性は大半の国において厳しい状態にある。金利の低い国々ではことに年金の運用リターンも低くなるので、状況はきわめて逼迫している。

もっと長く働き、もっと貯蓄する

解決策として可能性があるのは、次の3つだ。

定年を引き上げること。

年金への拠出を増やすこと。

そして年金の支給額を予定より減らすこと。

この数年のあいだ、さまざまな国がこれらのすべての選択肢を試してきた。

年金拠出を増やす1つの方法は、移民の流入を容認して、生産年齢人口をよそから輸入することだが、これは政治面や社会面で別の問題を引き起こすことになる。

言いかえれば年金改革には、もはや実行不可能になった社会契約の再設計が必要なのだ。

これが意味するのは第1に、個々人が定年後に備えてもっと貯蓄をしなくてはならないということであり、もっと長く働かなければならないということだ。

さらに、非正規労働者の年金加入をもっと容易に、もっと自動的にすることや、リスクをより効果的にプールする方法を個々人に提供することも含まれる。

年金改革に抵抗を覚える根本理由

一種のセーフティーネットとしての年金制度は、全員に最低限の年金を提供することを意味しており、いちばん弱い立場の人──とりわけ低所得者や、キャリアを中断させられた人々(主に女性)──が老いたとき困窮するのを防ぐことを目ざしている。

理想的な年金制度とは、最低限の公的年金を全員に支給し、さらに保険ベースのさまざまな選択肢を通じて、老後の収入を補えるようにするものだ。

問題は、年金改革が非常に議論を招きがちであることだ。人間はふつう、自分が対価を支払ったと信じている何かや既得権益をあきらめるのに、非常に抵抗を感じる。

年金改革はまた、高齢者の投票率が若者よりも高いという単純な理由ゆえ、きわめて政治的な問題になりがちだ。

たとえばOECD加盟国の中で、2012年と2013年の選挙で投票した有権者は55歳以上では86%にのぼるが、若者に限ると70%にとどまる。

高齢者はまた、ロビー活動にもきわめて長けている傾向がある。先進国において中位投票者の年齢が上がるにつれて、年金への公的支出がGDPの0.5%分増加しているのはけっして偶然ではないのだ。

おおかたの国において改革は、財政的な圧力が高まった危機の瞬間に行われる。しかし、年金改革について政治的なコンセンサスを得るには通常、いわゆる「既得権条項」が絡んでくる。

つまり、すでに行われた約束は尊重されるべきであり、変化が適用されるべきなのは、長い過渡期を挟んだ未来の世代だということだ。

アフリカや中東や南アジアなど現在若年人口が多い国々にはぜひ、持続不可能な約束の中で既得権益が固定される前に、早く行動を起こすことを助言したい。

(翻訳:森内 薫)

ミノーシュ・シャフィク ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス学長

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Minouche Shafik

エジプトに生まれ、幼少時にアメリカに移住。イギリスの大学院で経済学を修める。36歳のときに最年少で世界銀行の副総裁に就任し、イギリス国際開発省の事務次官や国際通貨基金(IMF)の副専務理事、イングランド銀行の副総裁を歴任。そのキャリアにおいて、ベルリンの壁の崩壊やアラブの春、2008年の金融危機やユーロ圏危機などに対応してきた。2017年から現職に就任し、21世紀の福祉国家について再考するための研究プログラム「ベヴァリッジ2.0」を立ち上げる。2015年の女王誕生記念叙勲においてデイムを受勲し、2020年に貴族院の中立議員に任命される。

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