「北朝鮮ハッカー」エリート集団の奴隷的な扱い 祖国の偽善を知り、家族は人質として拘束される

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彼らはこのように政権から扱われているが、国の命令で国外に派遣されてきた点では、ハッカーもこの国の何十万人の人民となんら変わりはない。シベリアの建設現場からミャンマーの朝鮮レストランまで、この国の労働者には世界のあらゆる土地に出向いて働いてきた長い歴史がある。彼らはハッカーよりさらに厳しい管理のもとに置かれ続けるが、国外に送り出されていく目的はただひとつ。政権のために現金を稼ぎ、1ウォンでも多くの金を本国に送金することだ。

アメリカの国連代表部は、北朝鮮政府がこのやり方で年間5億ドルの利益を得てきたと主張している。これは明らかに国家が支援する奴隷制度だと考える者がいれば、低迷する経済を立て直すため、政権が行ったもうひとつの絶望的な試みと考える者もいる。

ハッカーを脱北させないため必ず人質をとる

インターネットにアクセスできるので、外の世界がどうなっているのか、母国とはどのように違うのかについては、本人が想像する以上の見識が得られたはずだ。政権が教え続けている噓も知っている。北朝鮮の生活が、ほかの多くの国が享受できる水準よりはるかに低い事実にも気づいている。脱北者の話も聞いたことがあるだろうし、彼らがどんな手段で国を逃げたのかも知っているかもしれない。それにもかかわらず、なぜ朴鎮赫は脱北者の一人に加わろうとはしないのだろうか?

そこで登場するのが「ムチ」だ。「アメ」つまり、海外旅行や自由な生活、出身成分の改善といった恩恵とは対照的に、北朝鮮のハッカーは、脱走を防ぐことを目的とした厳格なシステムによって抑え込まれている。

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まず、脱北を試みて朴鎮赫が捕らえられた場合、連れ戻された北朝鮮で地獄のような獄中生活に直面することになる。たぶん、家族も巻き添えになるだろう。少なくとも、それまでキャリアによってもたらされたいかなる特権も失われる。

さらに、パスポートは発給されてはいるものの(発給されること自体が北朝鮮の大半の国民にとってきわめてまれ)、ほぼまちがいなく監視者の手で保管されている。逃亡の可能性を排除するのが目的だ。

しかし、それ以上に、脱北を夢見る北朝鮮の国民に立ちはだかる恐ろしい理由があり、脱北の意志そのものが挫かれてしまう。李賢勝が話していたように、「政府は国内に残る家族の一人をかならず人質として拘束している」のだ。

つまり、脱北に成功したらしたで、故国の親族に厳しい処罰が下されることを脱北者本人が一番よく知っている。

脱北に成功して他国で夢のような生活を送れる代償として、故国では自分に近しい人間を苦しめていることを知りながら生きていかなければならない。自由の代償として、心に傷を負い続けるような罪悪感を抱えなくてはならないのだ。

ジェフ・ホワイト テクノロジージャーナリスト

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Geoff White

イギリスを代表するテクノロジージャーナリスト。20年以上におよぶ調査報道の経歴を通じて選挙のハッキング、マネーロンダリング、個人情報の売買、サイバー犯罪の実態について報道してきた。「スノーデン事件」やイギリス最大のインターネットサービスプロバイダ「TalkTalk」のハッキング事件に関する記事でいくつもの賞を受賞。本書にもあるBBCのポッドキャスト「ラザルス・ハイスト」はイギリスのアップルポッドキャストのランキングで1位、アメリカでも上位にランクインしている。

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