クレディ・スイス不安でもECBが利上げ決行の自信 予告を修正すれば「極端な場合」と認めることに

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ちなみに上述の①経済・金融情勢にまつわるデータ、②基調的なインフレ動向は従前から言及されていた論点だが、③の政策効果の波及経路は今回加えられたものだ。この点、2022年7月に導入されたばかりのTPI(Transmission Protection Instrument:伝達保護措置)は文字通り、政策の波及経路確保のための措置であり、SVB問題やクレディ・スイス問題が今後、ファンダメンタルズでは正当化されない混乱を域内市場にもたらした場合、使用可能だと明言している。

しかし、現時点ではそのような事態に陥っておらず、3月1日から始まった拡大資産購入プログラム(APP)の再投資停止(月150億ユーロ)を修正することは考えていないとの見解も述べられている。

「インフレに利上げ、金融システムは流動性」で済むか

前回の寄稿「銀行破綻に葛藤するFRBが利下げに走らない理由」でも議論したが、目下、中央銀行は「物価安定」と「金融システム安定」のどちらを重視すべきかという難しい状況に立たされている。今回のラガルドECB総裁会見を見ても、「金融システム安定のために金融政策を修正するのか。そのトレードオフをどう考えるか」という論点について、やはり複数の記者が質している。

金融政策と銀行監督政策は本質的に相矛盾する目的を備えている。インフレ下の銀行破綻を受け、欧米中銀はこの葛藤をどう乗り越えるべきか。

この難しい問いに対し、ラガルド総裁は今回、「トレードオフはそもそも存在しない」という見方を表明している。「物価安定」は利上げで、「金融システム安定」は流動性供給で実現できるという立場である。

もちろん、理屈はわかるが、これはクレディ・スイス問題が域内に波及せず、現状程度の混乱で収束することが大前提であろう。もしECBが管轄とする域内の大手金融機関の具体的な名前が報じられる中だとしたら、今回と同じ決断ができただろうか。筆者は難しいように思う。

結局、クレディ・スイス問題は域内のシステミックリスクには発展しないという大前提の下、コアHICPがはっきりとピークアウトして安定軌道に乗ってくるまでは利上げの手を緩めるつもりはないというのがECBの現時点の立場であろう。

ユーロ相場のことだけを考えれば、金利先高観がユーロ相場の支えになるという大局観で問題ないと思われるが、その正否はあくまでこのまま金融システム不安が沈静化に向かうことが大前提となる。さもなければ今のアメリカのように、一夜にして利上げ予想が利下げ予想にとって代わられるリスクがあることも承知しておかねばならない。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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