「楽器はほぼ弾けず」売れっ子作詞作曲家の原動力 オリコン1位120回超、ヒットメーカーになれた訳
岡嶋かな多、38歳。音楽業界に飛び込んで、23年が過ぎた。
決して最初から華々しい道が用意されていたわけではない。輝かしい才能にスポットライトが当てられていたわけでもない。
地道に、がむしゃらに、1つひとつのことに全力でぶつかっていったから今がある。
いつか開くと信じて扉をノックし続ける
学歴もない、楽器も弾けない岡嶋さんがなぜヒットメーカーになれたのか。改めてその質問を投げ掛けると、岡嶋さんはこう答えた。
「たくさんの扉をノックしてきたからだと思います。
最初からこの道があったわけではなくて、バンドもやっていたし、シンガーソングライターとしてひたすら路上ライブをやったこともあった。
作詞のコンペも、多いときは年間500曲くらい書いていました。でもその中で採用された曲は、ほんの数曲あるかどうか。
それでもあきらめずに扉をノックし続けたから、その中のいくつかの扉が観念して開いてくれたんだと思います。
何度ノックしても開かない扉はたくさんあったし、途中であきらめていたら、作詞作曲家の扉も開かなかったかもしれない。
でもいつか開くと信じて扉をノックし続けた日々が、今、この場所へと続いていたんです」
ひと目を引くような「強み」はなくても、扉をノックすることなら誰でもできる。
たくさんの扉をノックした先に、自分らしい未来が待っているかもしれない。
作詞作曲家・音楽プロデューサー
岡嶋かな多(おかじま・かなた)
1984年生まれ。青森県出身。BTS、TWICE、NiziUをはじめ、通算500曲以上の作品の制作に参加、提供。オリコン1位の獲得は120回を超える。作詞作曲を務めた三浦大知『EXCITE』で日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。また、作詞作曲したBABYMETAL『DA DA DANCE feat. Tak Matsumoto』を収録したアルバムが、アメリカビルボードロックアルバムセールスでアジアアーティストとして初めて1位を獲得。ここ10年は世界を飛びまわり、スウェーデン、イギリス、アメリカをはじめ、海外トップクリエーターと国境を越え、楽曲を制作。スウェーデンにある大手音楽事務所と契約し、活動拠点を一時ヨーロッパへ。現在は日本に帰国し、グローバルに活動を続ける ■Twitter ■Instagram
取材・文/横川良明
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