イトーヨーカ堂創業者が愛誦した「商人」の極意 「安いニッポン」の到来を30年近く前に語っていた
セブン&アイ・ホールディングス(HD)名誉会長の伊藤雅俊氏が3月10日に亡くなった。享年98の大往生である。
東京・千住の焼け跡で家族と始めた、2坪の洋品店がイトーヨーカ堂の原点だ。そこから一代でビッグビジネスを育てた伊藤氏は、店舗や商品の話が好きな「商人」だった。この姿勢は、二人三脚でセブン&アイを育てた元同社会長の鈴木敏文氏と対照的だ。
ヨーカ堂に中途入社し、事実上の創業者としてセブン-イレブン・ジャパンを立ち上げた鈴木氏はデータ重視が身上。伊藤氏との違いを強調するためか、「売り場は見ない」と口にすることもあった。
流通業界が岐路に直面しているという危機感
1992年に総会屋への利益供与の責任をとって伊藤氏は社長を辞任したが、そのかなり前から実質的には鈴木氏にバトンタッチしていた。
「臆病で心配性」を自認する伊藤氏とは対照的に、鈴木氏はコンビニ、後には銀行などの新事業へ果敢に挑んでグループを拡大していった。伊藤氏は経営者としてのエゴを封印して、有能な部下にかじ取りを委ねることでグループを大きくする道を選んだといえる。
社長辞任後に相談役に退いていた伊藤氏は、1996年にヨーカ堂の名誉会長に復帰した。このときの東洋経済のインタビューで「私はオーナーだから、会社のことはずっと見てきた」「少し時間的な余裕をもって、長期的なことを見なければならない、と思っている」と語っていた。流通業界が、大きな岐路に直面しているという危機感からだった。
インタビューで伊藤氏はこうも語っていた。
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