(どうして?)
二美子は心にモヤモヤしたものを残したまま、湯気となって天井に吸い込まれていく桐山少年を見守っていた。
★
ぼくは、お父さんとお母さんの笑顔が好きだった。とくに、一緒にいる時の笑顔がいい。二人の笑顔を見ていると、ぼくも笑顔になる。
お父さんとお母さんは信じてくれないけど、ぼくは、生まれて初めて目を開けた時に見た二人の顔を覚えてる。お父さんは恐る恐る覗き込むようにぼくを見ていたし、ホッペにチューをして額をグリグリ押しつけた。お母さんがとってもいい匂いだったのも覚えてる。
ぼくが最初に発した言葉は「マンマ」だった。ぼくはお腹が空いているのを伝えているつもりだったのに、なぜか「マンマ」と発するたびにお母さんが喜んだ。ぼくはそのうち、お母さんの喜ぶ顔が見たくて「マンマ」と言うようになった。
でも、これで喜ぶのはお母さんだけだった。お父さんはなぜか悲しい顔をして「パパ、パ
パ」と呼びかけてくる。後で、ママがお母さんのことで、パパがお父さんを意味する言葉だと知って、申し訳ない気持ちになった。
ごめんね。
ぼくがしっかりしないといけない
ぼくにはお父さんとお母さんの楽しい思い出がたくさんある。
歯が生えただけで二人は祝ってくれたし、初めて一人で歩いた時は、抱き合って喜んでくれた。お父さんとお母さんが笑顔になると、ぼくも嬉しい。
あと、お父さんは知らないと思うけど、お母さんが、お父さんに喜んでもらうために一生懸命ご飯を作ってるのを、ぼくは知ってる。お父さんがお母さんのご飯を食べて「おいしい」って言った時、お母さんはとっても素敵な笑顔になる。お母さんにとって、お父さんの「おいしい」は幸せなんだ。ぼくは知ってる。
お母さんが知らないこともある。お父さんは仕事で遅く帰ってくると、いつも先に寝てるお母さんの額にチューをする。それを見ていたぼくに、お父さんは、「内緒だぞ」って言う。お父さんはお母さんのことが大好きなんだ。
ぼくは「イッツ・ア・スモールワールドの最後のゲートで願い事をすると叶う」という話をテレビで知った。だからぼくは、いつかディズニーランドに行ったら、お父さんとお母さんが幸せになりますように」
ってお願いするって決めていた。
でも、そのうち、お父さんの仕事が忙しくなった。お母さんはぼくがいるから仕事には出られないと言って、お父さんと喧嘩になった。
ぼくは何度もお母さんに、
「ぼくなら大丈夫だよ。ちゃんとお留守番できるから」
と言ったけど、お母さんは悲しい顔をするだけだった。
それはきっとぼくがまだ子供だからだと思う。ぼくがしっかりしないといけない。
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