「日経報道」で内部を牽制する台湾政治家のしたたか 台湾軍がはらむ問題の解決を図れるか

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もっともこの問題の根深さを熟知し、解決しようと計画しているのも台湾人自身であった。

日経報道で軍関係者や世論がショックを受けていた2023年3月3日に、民主進歩党(民進党)所属の劉世芳立法委員が立法院外交国防委員会で、報道をむしろ利用するような動きを見せたのである。

国軍退除役官兵輔導委員会は国防部や大陸委員会(中国との交流窓口機関)、法務部(法務省に相当)など関連機関と連携し、過去5年以内に退役した軍人らが台湾地区および大陸地区人民関係条例及び国家安全法の規定に違反していないか、国防機密の漏洩がないかを調べるよう臨時提議をしたのだ。

日経報道は明らかにおかしいが、退役軍人らの潔白を信じているからこそこれを機会に精査して軍の潔白を証明してはどうか、というものだ。外国報道を利用して巧妙な一手を打ったのであった。

「退役軍人は国賊か」と反発も

劉委員の提議に民進党所属以外の委員からも賛同を得たが、中国国民党(以下、国民党)籍の委員らは軍人の忠誠を疑うような行動は士気低下を招くおそれがあるとして反対した。

元陸軍中将で国民党籍の呉思懐委員は、「自分たち退役軍人は国賊なのか」と問いただし、さらには日本との交流を停止すべきだと主張したという。

呉委員は国民党内を超えて軍部にも影響力を有する親中派政治家で、これまでもアメリカの台湾支援をたびたび皮肉り、中国を擁護するような発言を繰り返している。

現閣僚の馮委員と邱国防部長は蔡英文総統が最も信頼する軍人と言われ、軍内でも人望が厚いと評判である。しかし呉委員からの問いかけに、複雑な心境だったのではないだろうか。

もっとも軍組織の人間関係から生じた機密漏洩事件は、日本国内でも発生している。

2022年12月、防衛省は高度な情報保全が求められる「特定秘密」が含まれる情報を海上自衛隊OBに漏らしたとして、1等海佐を同月26日付で懲戒免職処分とし、特定秘密保護法違反などの疑いで書類送検したと発表した(後、不起訴)。事件構造が台湾で発生したものとよく似ている。

日経報道が台湾に与えた影響は単に国民感情の面だけにとどまらない。毒を以て毒を制すがごとく、長年台湾軍が抱えていた問題を間接的にも揺り動かしたかもしれないのだ。

今後、台湾人意識を有する大多数の有権者が、次回の大統領選挙でどのような判断を下すのか。動向を注視していきたい。

高橋 正成 ジャーナリスト

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たかはし まさしげ

特に台湾を中心に、時事問題をはじめ、文化、社会など複合的な視座から問題を考えるのを得意とする。現役の翻訳通訳者(中国語)。

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