平安時代もあった「女性キャリアの壁」苦悩の実態 紫式部「源氏物語」好きオタク女子の思いとは?

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さて、そんな彼女の夫は、あっさり病で亡くなってしまう。突然のことに彼女はうろたえ、そして嘆き悲しむ。「ああ、もっと若いころにちゃんと仏道修行していたら、こんな孤独な目に遭わなかったんだろうか?」と彼女は後悔を重ねるのだ。これが菅原孝標女、51歳のことだ。

現実の厳しさに呆然とする菅原孝標女

<本文>
昔より、よしなき物語、歌のことをのみ心にしめで、夜昼思ひて、おこなひをせましかば、いとかかる夢の世をば見ずもやあらまし。初瀬にて前のたび、「稲荷より賜ふしるしの杉よ」とて投げ出でられしを、出でしままに、稲荷に詣でたらましかかば、かからずやあらまし。年ごろ「天照御神を念じたてまつれ」と見ゆる夢は、人の御乳母して内裏わたりにあり、みかど、后の御かげにかくるべきさまをのみ、夢ときも合はせしかども、そのことは一つかなはでやみぬ。ただ悲しげなりと見し鏡の影のみたがはぬ、あはれに心憂し。かうのみ心に物のかなふ方なうてやみぬる人なれば、功徳もつくらずなどしてただよふ。

<意訳>昔から、どうということもない物語や和歌にばかり夢中にならず、昼夜問わず仏道修行でもしていたら……今ごろこんな喪失感を噛み締めずに済んだんだろうか。

はじめて初瀬に参拝した際、「稲荷から杉が届いていますよ」と言われる夢を見たけれど。あの夢の跡、すぐに稲荷へ参拝しに行ってれば、こんなつらい目に遭わずに済んだのかな。

私は昔からずっと「天照大神にお祈りしなさい」と言われる夢を見てきた。が、それって私が高貴なお方の乳母になって、宮中で暮らし、帝や后に気に入られる人生を送るサインだと思い込んでいた……。でも私の夢占い、まったく当たらなかった。

当たった占いといえば、昔、鏡で見た「将来の私が悲しそうな顔をしている」姿。それだけは当たった。悲しい。つらい。

こうして昔夢見た将来設計はひとつも叶わず、一生が終わってしまう。でも今更、仏道修行をして徳を積んでも意味ないだろうし、ぼーっと日々を暮らしてしまっている。

現実の厳しさに呆然とする菅原孝標女。その日記の内容は、夫を亡くし、孤独に泣く彼女の姿が綴られている。胸が痛くなる晩年の日記だ。

しかしその中で描かれる夢占いの内容が、やっぱり彼女らしくて笑ってしまう。それは私が彼女のことを日記でしか知らない読者だからだろうか。

そしてこれだけ反省しながらも、結局彼女は尼になったり、修行や参拝に邁進して終わることなどはなく、人生を終えることになる。「結局、徳は積もうとしないんかい」とツッコミを入れたくなるが、菅原孝標女としてはぼんやりしながら晩年を過ごしていたらしい。

『更級日記』のラストは、尼になった友人との和歌で閉じられる。この友人が、昔一緒に暮らしていた女房なのか、あるいは出仕生活で仲良くなった友人なのかはわからない。しかし久しく手紙も交わしていない彼女に、菅原孝標女は「久しぶりに遊びに来てよお」と嘆く和歌を送る。

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