ワークマン「アパレル本格参入」で露見した危うさ ユニクロとの「対決姿勢」が鮮明になった背景

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「本当に美味しい日本酒」も「実際にはイマイチな日本酒」も、PRする際にはともに「美味しい」とうたう。実際に味わうわけにもいかない消費者からすれば、区別がつかないのだ。結果、広報PRで差別化できず、良いものなのに「誰にも知られず埋没したまま、販売終了」という「残念な事例」が世の中にあふれることになる。

では、まだ無名だった当時の「獺祭」はどのように広報PRしたのか。当時、旭酒造の桜井博志社長(現在は会長)は、山口から首都圏をターゲットに販売を仕掛けている狙いを聞かれ、このように答えている。

「日本酒業界は景品や派手なCMにたよるばかり。物作りの業界が品質を置き去りにしたら売れない、と気付いた。(中略)日本の酒文化は『なおらい』の文化。へべれけになるまで飲んでこそ共同体の絆が深まる。それを否定して『酒は味わうもの』という挑戦をするんだから首都圏が有利だ」(毎日新聞 2005年6月3日付)

つまり獺祭は、「酔えれば、味は何でもいい」という「日本酒の旧来の文化」を「敵」として設定しているのだ。「景品や派手なCMにたよる」酒蔵を決して、公に名指ししてはいない。「景品や派手なCMにたよる」日本酒を駆逐して、「味わえる日本酒」を安定的に作ろうというのだから、まともな日本酒愛好家で反対する者はいない。

私も中小企業やベンチャー企業に広報PRのコンサルティングを行う際は、「地域を活性化する」「消費者の利益につながらない業界の常識を打ち破る」といった経営者ストーリーを必ず設定するようにしている。新規参入などの「挑戦者」の広報PRでは、それが「必勝の方程式」だからだ。

企業イメージが決して悪くないユニクロ、敵の設定は?

昨年6月、池袋サンシャインシティにオープンした靴専門業態の「ワークマンシューズ」。職人向けだけではない、幅広い層をターゲットにしている(写真:山﨑理子)

さて、ワークマンのアパレル参入に話を戻そう。ユニクロは長年、メディアで「アパレル業界の変革者」として取り上げられることが多かった。現在の企業イメージも決して悪いほうではない。

ソフトバンクの孫社長や旭酒造の桜井会長が「敵」として設定したような、「誰もが共感できる、倒すべき価値」をユニクロは背負っていない。どちらが勝とうが、消費者にとっては「どうでもいい話」なのだ。

ユニクロとの「ライバル対決」をメディアの一時の「賑やかし」で終わらせず、広報PR面で長く「果実」を得るために、ワークマンに必要なものは何か。

それは、ユニクロですら見落としているアパレル業界に潜む悪弊の「何か」を浮き彫りにし、それを「新たに」打ち破ると宣言することだと、私は考えている。

下矢 一良 PR戦略コンサルタント

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しもや いちろう / Ichirou Shimoya

早稲田大学理工学部卒業。テレビ東京に入社し、『ワールドビジネスサテライト』『ガイアの夜明け』を経済部キャップとして制作。スティーブ・ジョブズ氏、ビル・ゲイツ氏、孫正義氏、三木谷浩史氏、髙田明氏、藤田晋氏、前澤友作氏らにインタビュー。その後、ソフトバンクに転職し、孫正義社長直轄の動画配信事業(Yahoo!動画、現・GYAO)を担当。「ソフトバンク・アワード」を受賞。現在はPR戦略コンサルタントとして中小企業のブランディングや宣伝のサポート等を行う。

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