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平安時代のオタク女子が「私、狂ってた」と思った訳 紫式部「源氏物語」好きアラサー女性が知った現実

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<本文>
かうたち出でぬとならば、さても、宮仕への方にもたち馴れ、世にまぎれたるも、ねぢけがましきおぼえもなきほどは、おのづから人のやうにもおぼしもてなさせたまふやうもあらまし。親たちも、いと心得ず、ほどもなくこめ据ゑつ。さりとて、その有様の、たちまちにきらきらしき勢ひなどあんべいやうもなく、いとよしなかりけるすずろ心にても、ことのほかにたがひぬるありさまなりかし。

(中略)その後はなにとなくまぎらはしきに、物語のこともうちたえ忘られて、ものまめやかなるさまに、心もなりはててぞ、などて、多くの年月を、いたづらにて臥し起きしに、おこなひをも物詣でをもせざりけむ。このあらましごととても、思ひしことどもは、この世にあんべかりけることどもなりや。光源氏ばかりの人は、この世におはしけりやは。薫大将の宇治にかくし据へたまふべきもなき世なり。あなものぐるほし。

<意訳>宮仕えを始めたからには、このまま職場に慣れたら、そんなに熱心に働くことはできなくても「あいつはやばいやつだ」という評判が立たないかぎり、普通に宮中でよくしてもらっていただろう。が、私が職場に慣れることはなかった。

親は何を考えたのかよくわからないが、突然、私を退職させた。そして、田舎の実家に閉じ込め……結婚させたのだ! しかし結婚したところで、私の暮らしがいきなり華やかに変わるわけでも、生活がすごく楽になるわけでもなかったのだ。

今まで夢見ていた「光源氏みたいな夫がほしいな~」なんて将来設計は、バカな考えだったのかもしれない。しかしだとしても、私が迎えた現実は、あまりにも期待外れだった。

(中略)その後は、特筆すべきこともない。雑用に追われ、物語のこともすっかり忘れていた。その頃になると、私は日々まっとうに生活を送ろうと思うようになっていた。

「ああ、どうして私はあんな無駄な時間を――。仏道修行なり参拝なり、もっと有意義なことに時間を使えばよかった。昔、夢見ていた将来設計、あんなこと現実の世界に起こるわけがなかったんだ。光源氏みたいな方、この世にいるわけがない。薫が宇治の田舎に女性を隠すなんて、ありえない。それが現実の世界なんだ。私、狂ってた……」

と、思った。

アラサーになった菅原孝標女は悟る。「これが現実か」と。実際、この後も『更級日記』には夫の描写があまりない。どうやら結婚した相手はそんなにぱっとしない相手だったらしい。『源氏物語』についての言及は多いのに、夫についての記述がほとんどないのが『更級日記』の特徴なのだ。

大人になって現実を見始める

記事の冒頭で「光源氏みたいな夫がいい」「山里で浮舟みたいに暮らしたい」と言っていた、あの菅原孝標女は、現実の厳しさを理解する。――ここまで読んではじめて私は『更級日記』の神髄がわかるのだと思う。『更級日記』はただのオタク少女の日記ではなく、「元・オタク少女がアラサーになって人生を回想する日記」なのである。

物語の世界を夢見ていた当時を振り返り、彼女は「あなものぐるほし=狂ってたなあ」と回想する。フィクションに耽溺するオタクだった少女も大人になり、現実を見始める。

なんだか菅原孝標女に感情移入していた身としては「物語も読まないなんて、どうしちゃったの!」と言いたくなるが、このまま菅原孝標女は、物語を忘れて生きていくのだろうか。『更級日記』の最終章を次回は見てゆこう。

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