徳川家康、信長と和睦後「松平元康」名捨てた深い訳 泥臭い下工作を行って朝廷にもアプローチ

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だが、朝廷は前例のないことを何より嫌がるもの。当初は難色を示されてしまう。それでも、家康から「なんとか前例を探してほしい」と依頼された公家の近衛前久と吉田兼右がよい働きをすることになる。万里小路家の古文書から、次のような事例を発掘したという。

「源氏である徳川の惣領(そうりょう)の筋は2つあり、そのうちの1つは、何らかの理由があって藤原氏に改姓した経緯がある」

家康にとって都合のよい記述が、このタイミングで見つかるとは……。怪しさしかないが、しつこさは相手を疲弊させる。もう面倒になったのだろう。提出された正親町天皇はこれを認めている。家康の本姓は「源」から「藤原」に変更されることになった。

こうして永禄9(1566)年、家康は思惑どおりに、「松平」から「徳川」に改姓することに成功し、朝廷から従五位下三河守に叙任されることになった。

伝記では語られない家康の泥臭い工作

苦難に耐え忍ぶ姿ばかりが強調されがちだが、それは家康の一面にすぎない。さらにいえば「後世に語られやすい偉人」としての家康である。実際の家康は「自身に箔をつける」ために、泥臭い下工作も行っていた。

好機と見るやたたみかけるように動き出す。そして目的を遂げるためにあらゆる手段を講じることをいとわない。そんなアグレッシブさも兼ねそなえていたからこそ、家康は天下人への階段を上ることができたのである。

【参考文献】
大久保彦左衛門、小林賢章訳『現代語訳 三河物語』(ちくま学芸文庫)
宇野鎭夫訳『松平氏由緒書 : 松平太郎左衛門家口伝』(松平親氏公顕彰会)
平野明夫『三河 松平一族』(新人物往来社)
所理喜夫『徳川将軍権力の構造』(吉川弘文館)
本多隆成『定本 徳川家康』(吉川弘文館)
柴裕之『青年家康 松平元康の実像』(角川選書)
二木謙一『徳川家康』 (ちくま新書)
日本史史料研究会監修、平野明夫編『家康研究の最前線』 (歴史新書y)
菊地浩之『徳川家臣団の謎』(角川選書)
大石泰史『今川氏滅亡』 (角川選書)

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は 『偉人メシ伝』 『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』 『日本史の13人の怖いお母さん』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』(実務教育出版)。「東洋経済オンラインアワード2021」でニューウェーブ賞を受賞。

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