「プラセボ効果で月に行けた」宇宙飛行士の顛末 かつての「大がかりな治療」、実はプラセボかも

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ジョン・グレンはアメリカ人で初めて地球周回飛行をおこない、スコット・カーペンターは2番目となった。ゴードン・クーパーは宇宙で一晩を過ごした最初のアメリカ人となり、ガス・グリソムは月探査計画の訓練中に亡くなった最初の宇宙飛行士となり、ウォルター・シラーはアポロ宇宙船で有人飛行をおこなった最初の宇宙飛行士、ディーク・スレイトンは7人のうちで最後に宇宙飛行をおこなった人物となった。

アラン・シェパードだけが足踏み状態にあった。メニエール病の一種、正確には突発性の前庭機能障害を患っていたため、医学的な理由による不適格とされたからだ。「突発性」とは原因がはっきりしない病気という意味で、「前庭」とは内耳にある平衡感覚をつかさどるシステムのことだ。

この病は、発作的なめまいや耳鳴りを引き起こす。シェパードは、突然左耳から耳鳴りがしたかと思うと、周囲がぐるぐると回転しているかのように感じたという。次に、船酔いにも似た吐き気をもよおし、ときに嘔吐したこともあった。

彼は治療のためにダイアモックスと呼ばれる薬を服用した。内耳の前庭か三半規管に内リンパ液がたまり、その圧力のせいでめまいが起きたのではないかと推測されたからだ。ダイアモックスは利尿剤で、水分の排出を促す働きがある。この薬で内耳にたまった過剰な液体を減らせると思われたが、残念ながら、シェパードの場合は効果が見られなかった。

何百時間もジェット機に乗るテストパイロットにとって、予期せぬめまいや嘔吐、平衡感覚の喪失は致命的と言えるだろう。ましてや乗るのは宇宙ロケットなのだ。

「手術」の結果、45歳で宇宙飛行が叶った

1969年にニール・アームストロングが月に向けて旅立つ数カ月前、シェパードはロサンゼルスで、ウィリアム・ハウスという耳鼻咽喉科医の手術を受けた。ハウスは、側頭骨の錐体部から内耳までシリコン製の細い管を挿入して、過剰にたまった内リンパ液を排出した。「内リンパ囊開放術」と呼ばれる処置だ。理論的には、これで前庭系への圧力を下げられる。

ここではあまり関係がないため、手術の詳細は省く。重要なのは手術後にシェパードが発作に悩まされなくなったことだ。NASAで健康診断を受けたシェパードは、医師たちから宇宙飛行任務に就くことを許可された。

1969年5月、シェパードは45歳にして宇宙飛行士として復帰し、アポロ13号のミッションに向けて訓練を開始した。だが、年齢的に月面飛行までに身体の準備が整わないことが判明したため、その次のミッションに臨むことになった。

今にして思えば、彼にとってラッキーな決定だった。アポロ13号は飛行中にトラブルに見舞われたからだ(あの歴史的なセリフ「ヒューストン、問題が発生した」は、シェパードの代わりに搭乗した宇宙飛行士の声だった)。

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