「プラセボ効果で月に行けた」宇宙飛行士の顛末 かつての「大がかりな治療」、実はプラセボかも
薬効があるかのように見せかける「プラセボ」
中世の頃には、自分の葬儀に少しでも華を添えたいと思った人は、修道士の一団を雇って葬儀で『旧約聖書』の「詩編」第116編を歌ってもらったという。特に最後の一文は、最後の別れをさらに盛り上げた。「この世でわたしは主を喜ばせよう」。決して安くはなかったが、参列者の記憶に残る葬儀となったに違いない。
言うまでもなく、歌い手たちは故人と何の関係もない人たちだ。彼らの嘆き悲しむ声は、すべて演技だった。結局のところ彼らは偽の参列者、営利目的の聖職者で、彼らがもっとも大げさに歌った言葉で軽蔑的に呼ばれた――プラセボ。「喜ばせる」という意味のラテン語だ。
プラセボ(偽薬)は、健康上の問題を治すほどの薬効はないが、薬効があるかのように見せかけることで、有益な効果を生み出すことができる。よく知られている例にホメオパシーがある。ホメオパシーでは、病気に対して有効性のない成分を調合した薬を処方する。
プラセボはいつも薬や錠剤とは限らない。善意の鍼治療や整骨療法も“治療”の形を取っているが、実際は治療ではない。そんなわけで、プラセボそのものには有益な効果はないが、あるはずだと信じることで効果が生まれる。
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