「プラセボ効果で月に行けた」宇宙飛行士の顛末 かつての「大がかりな治療」、実はプラセボかも

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だが1971年1月31日、ついにアラン・B・シェパードが月面飛行へと旅立つ日がやって来た。アポロ14号の船長として、彼はもっとも困難なミッションを遂行することとなった――月着陸船「アンタレス」を月上のフラ・マウロ高地に無事に着陸させることだ。

1971年2月5日、彼は見事にミッションを成功させ、アポロ計画のミッションのなかで、もっとも正確な月面着陸だったことがのちに判明した。 宇宙飛行士は月着陸船を立ったまま操縦しなければならなかった。月は重力が弱いため、自分たちのバランス感覚で月着陸船の動きを感じ取れるようにするためだ。

その「手術」、実はプラセボだった

10年以上のちに、内リンパ囊開放術には効果がなく、プラセボでしかないことが判明した。にもかかわらず、シェパードがこのミッションを完璧にこなしたのは、驚異と言わざるを得ない。 内リンパ囊開放術には効果がないことは、次の実験から実証された――メニエール病の患者を何人か集めて、手術をすることにしたのだ。

被験者には、まずくじを引いてもらった。内リンパ囊開放術では、側頭骨の一部で耳の後ろに突き出ている乳様突起という、堅い塊のような感触の骨を除去することが重要だ。これを除去すれば、内耳にある細い空洞にアクセスできるからだ。

実験では、被験者の半数には完全な内リンパ囊開放術をおこなったが、残りの半数は乳様突起を切除しただけで終わった――切除するだけでは症状に何の影響も与えないだろう。誰がどちらの手術を受けたかは、目で見ようが、手で触ろうが、外見からはわからなかった。

患者も手術した外科医も、誰がどの手術を受けたかわからないまま、3年かけて検査がおこなわれた。この方法を二重盲検試験、正式には、無作為化プラセボ対照二重盲検試験という。

実験の結果、本物か偽物かどちらの手術を受けたかとは関係なく、被験者の3分の2以上が症状に改善が見られたことがわかった。 プラセボ効果が手術の成功にどれだけ貢献しているのかは、一概には言えない。わたしたちが考えている以上に重要かもしれない。

幸いにも、二重盲検試験のおかげで、アラン・B・シェパードが受けたような手術――純粋にプラセボ効果に頼った手術――は、徐々におこなわれなくなってきている。

原因不明の慢性的な症状を緩和するために手術したところ、症状が改善した場合は、問題が解決したからというよりも、プラセボ効果のおかげである場合が多い。原因がはっきりしない症状を、医学用語で「e causa ignota」(e.c.i.)という。「原因不明」を意味するラテン語だ。

さまざまな手術で治療がおこなわれた典型例に、慢性腹痛がある。原因不明のときですら手術がおこなわれた。まさかと思われるかもしれないが、こうした新しい術式ほど効果が上がる。一時的な流行と同じで、新しい術式はぽつりぽつりと現れる傾向がある。新しいものは古いものよりもすぐれているように思えるし、イノベーションというと有望な気がするものだ。

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