世界一のレストラン「ノーマ閉店」が与えた衝撃 過酷な労働と激しい職場文化の高級店は限界
この「持続不可能」な労働の問題は、ノーマだけでなく世界の高級飲食店が等しく構造的に抱えているものでもある。
高級飲食店は人件費の度合いが大きい労働集約型産業であり、下ごしらえが細かく複雑であればあるほど多くの人手が欠かせない。日本の同様の高級飲食店においても、ノーマのような無給の研修生こそいないものの、法定労働時間をはるかに超えた労働が常態化しているところが多い。創造性が必要な料理は、労働時間を度外視して情熱をかたむける必要があることが多いからだ。
本来ならその労働力は給与として支払われ、料理の価格に反映されるものでもある。NYTの記事では、ノーマでも2022年10月から研修生への支払いを開始し、毎月少なくとも5万ドルを上乗せしたと報じている。
またデンマーク「TV2」の記事では、ノーマは今後3カ月単位の無給労働はさせられなくなり、6カ月か12カ月の雇用となること、給与も2万デンマーククローネ(約37万7000円)支払われることになるとある。
現時点でのノーマのコース価格は1名3500デンマーククローネ(約6万7000円)だが、2023年3月の「noma Kyoto」のコースは775ユーロ+サービス料10%で約12万1000円となる。この価格差は、スタッフの京都での滞在費はもちろん、食材を探し、加工するための人件費でもあるだろう。
公式サイトには「私たちはこの計画に2年間を費やしてきた」とあった。
その「2年間」は、世界中のレストランがコロナで休業を余儀なくされていた期間を含んでいる。通常営業ができなくなった時期に、100人近いスタッフを雇用した状態であることは困難だったに違いない。コロナ禍での休業が、これまで20年近くの間走り続けてきた彼らを立ち止まらせ、新たな考えに導く時間をもたらしたともいえるだろう。
飲食店を「持続可能」にするために
「ノーマに代表されるような高級飲食店をはじめとして、すべてのレストランの業務形態が持続不可能になりつつあるのは周知の事実。この世界的な問題を解決しなければ、食の未来はありません」と語るのは、大阪の3つ星レストラン「HAJIME」のシェフである米田肇さんだ。
米田さんはシェフ業のかたわら、飲食業に携わる団体をつなぐ団体(一般社団法人日本飲食団体連合会・食団連)の理事として、飲食店全体の問題点とその解決策について提言を行っている。飲食店が今後も「持続可能」であるためにはどうすればいいのだろうか。
「まずは価格を上げることですが、それで十分ではありません。そのうえで労働時間を減らし少しでも効率化を図るために、将来的には簡単な作業ができるAIを搭載したロボティクスの開発や導入など、テクノロジーを取り入れることも必要になってくるでしょう。
一方、文化として技術や精神性の継承も必要なことで、だからこそ私たちは今回のことをきっかけに、社会に今後どのようにレストランや職人のような産業を組み込んでいくかを議論していかなければなりません。具体的には、産業別の税制やベーシックインカムのようなシステムを取り入れ、人が働く場所を社会の一部として残すようにしていかなくてはいけないと思うのです」
ノーマの公式サイト「noma3.0」には「私たちの目標は、食の分野で画期的な仕事に専念する永続的な組織を作ること」とある。それは、従業員に正当な報酬を出していくために、レストラン営業だけではない、プラスアルファの部分を模索するという意味合いもあるのではないだろうか。
ノーマはこれまで、料理の独創性や先進性、また、レストランのあり方そのものでもその一挙手一投足が世界中で話題になってきた。この20年の世界の高級飲食店(ファインダイニング)を象徴する存在として、今回の閉店という決定もまた、私たちが飲食店の今後を考えるためのきっかけになるかもしれない。
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