事務所は赤坂にあった。これも、知り合いの事務所に電話を置かせてもらっていただけの話で、なんということもなかったのであるが、総動員して肩書きをフレームアップすれば、私は、20代にして赤坂に事務所を構える会社の専務である青年実業家であり、業務のかたわら、原稿を書いている。著書も数冊あり、朝日新聞社やダイヤモンド社といった一流の出版社から本が出ている。
なるほど。すごいヒトだ。が、こうした怪しげな情報に信憑性を与えているのは、実は「ワセダ」の一言なのである。
青年実業家なのかヤマ師なのか。作家のタマゴなのかゲルピンのフリーライターなのか。その真偽はわからない。が、とにもかくにも、ワセダを出たということだけは真実であり、そこだけは信用に値するわけだ。
てなわけで、
「どんな人なの?」
という質問に対する有効な答えは、学歴だけなのである。
無縁な商売に見えても一生ついて回る
「で、○子ちゃん、その婚約者っていうのはどんな人なの?」
「えーと、身長164センチ、体重51キロで、にんじんとナマの魚が嫌いな人よ」
「それじゃ全然わからないじゃない。だからどんな感じの人なのよ」
「そうねえ、まあ、お酒を飲んでない時はごく当たり前のおとなしい人だけど、飲むと楽しい人よ。とはいっても飲み過ぎるとちょっとヤバいことになるわけなんだけど」
「全然わからないじゃない」
そう。全然わかってもらえない。どんなに詳細に人となりを話しても、相手は分かってくれないだろう。こういう場合はたった一言
「早稲田の教育学部を出て、今はテクニカルライターをやってる人」
と答えるべきなのだ。どうせ後半はロクに聞いていないのだから適当な横文字でも並べておけば良い。つまり、先方が聞きたいのは、
「どこの学校を出た人なの?」
ということに尽きるのである。ただ、そういうふうに尋ねるのは礼儀に反するから、
「どんな人なの?」
という婉曲表現を使っているに過ぎない。
「で、どんな人なの?」
「えっ? 学歴のことを尋ねたいわけ?」
こういう切り返しはおとなげない。
素直に学歴を開陳しよう。
結局、私のような一見学歴とは無縁な商売をやっていても、学歴は一生ついてまわるってことなのだ。