5年前の妻に「大成果」を伝えた男の時空超えた旅 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(6)

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「戻って来ちまったよ」

轟木は恥ずかしそうにつぶやいた。

「ああ」

林田が返す。

「死んだら終わりなんて言わせないってよ」

誰が言ったのか、聞かなくてもわかる。世津子しかいない。

「……そっか」

林田は、頬をゆるませた。

(さすが、世津子だ)

とでも、思ったのかもしれない。

轟木は林田から目を逸らして、

「だから、さっき送ったメール、削除しといてくれ」

と、照れ臭そうに吐き捨てた。

「勝手な奴だ」

「すまん」

二人は、その後、いろいろと騒がせたことを詫び、

「もし、ユカリさんが戻って来たら、よろしくお伝えください」

と、言い残して店を後にした。

近いうちに、再び、ポロンドロンの活躍を目にすることができるだろう。

「なんでもお見通しなんすね?」

数は、何事もなかったかのように、店の閉店作業を玲司と流に任せて、夕飯の支度のために幸と階下へ姿を消した。

轟木を過去に行かせた責任から蒼白だった玲司の顔も、今は元どおりである。

「数さんてなんでもお見通しなんすね?」

片付けながら、玲司がさっきの出来事を思い返して、ため息をついた。

夏の終わりには、写真の件で、過去に戻った弥生の心情を見抜いている。この喫茶店に数がやって来て数か月。玲司は数という人物の洞察力に感心していた。

だが、流は流で、なにやらぼんやりしている。手元を見ても、あまり片付けが進んでいなかった。

玲司が、不審に思って、

「どうしたんすか?」

と、流の顔を覗き込んだ。

すると、流は、ちょっとまじめな顔で玲司に向き直り、

「ずっと考えてたんだ……」

と、独り言のようにつぶやいた。

「何をですか?」

玲司が首をかしげる。

「俺があいつに会いに行きたいと思わない理由……」

それは、今日の夕方、玲司の質問から始まった話である。

玲司は、

「十四年ぶりに会えるかもしれないのに、奥さんに会いたいと思わないんですか?」

と、流に聞いた。

聞いた本人である玲司の中では、ある意味、終わっていた話である。

だが、流はそれの答えをずっと考えていたのだ。

「さっき、轟木さんが言ってただろ?」

「え? なにをですか?」

「死んだら終わりじゃないって言われたって……」

「あ、ええ、はい」

「俺も」

流は、そう言って、

「死んだら終わりだって思ってなかった」

と、ぽつりとつぶやいた。

そして、その言葉を噛みしめている。

流は続けた。

「あいつはいつも俺の中にいる。俺たちの中にいるから……」

俺たち、それは流と娘のミキのことに違いない。

ボーン、ボーン、ボーン、ボーン……

タイミングよく、柱時計が午後六時の鐘を鳴らした。

思い出が消えないうちに
『思い出が消えないうちに』(サンマーク出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

流の言った言葉になんと返せばいいのかわからない、玲司の心情を代弁してくれたようにも聞こえる。

鐘が鳴り終わると、流は、

「なんか、恥ずかしいな」

と、言って細い目をさらに細めた。

「ですね」

玲司が答える。

「聞かなかったことにしてくれ」

「わかりました」

流と玲司は、止まっていた片付けの手を動かした。

燃え立つ紅葉が、ざわざわと鳴っている。

二人の作業を追い立てるように。

川口 俊和 小説家、脚本家、演出家

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かわぐち としかず / Toshikazu Kawaguchi

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。

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