「戻って来ちまったよ」
轟木は恥ずかしそうにつぶやいた。
「ああ」
林田が返す。
「死んだら終わりなんて言わせないってよ」
誰が言ったのか、聞かなくてもわかる。世津子しかいない。
「……そっか」
林田は、頬をゆるませた。
(さすが、世津子だ)
とでも、思ったのかもしれない。
轟木は林田から目を逸らして、
「だから、さっき送ったメール、削除しといてくれ」
と、照れ臭そうに吐き捨てた。
「勝手な奴だ」
「すまん」
二人は、その後、いろいろと騒がせたことを詫び、
「もし、ユカリさんが戻って来たら、よろしくお伝えください」
と、言い残して店を後にした。
近いうちに、再び、ポロンドロンの活躍を目にすることができるだろう。
「なんでもお見通しなんすね?」
数は、何事もなかったかのように、店の閉店作業を玲司と流に任せて、夕飯の支度のために幸と階下へ姿を消した。
轟木を過去に行かせた責任から蒼白だった玲司の顔も、今は元どおりである。
「数さんてなんでもお見通しなんすね?」
片付けながら、玲司がさっきの出来事を思い返して、ため息をついた。
夏の終わりには、写真の件で、過去に戻った弥生の心情を見抜いている。この喫茶店に数がやって来て数か月。玲司は数という人物の洞察力に感心していた。
だが、流は流で、なにやらぼんやりしている。手元を見ても、あまり片付けが進んでいなかった。
玲司が、不審に思って、
「どうしたんすか?」
と、流の顔を覗き込んだ。
すると、流は、ちょっとまじめな顔で玲司に向き直り、
「ずっと考えてたんだ……」
と、独り言のようにつぶやいた。
「何をですか?」
玲司が首をかしげる。
「俺があいつに会いに行きたいと思わない理由……」
それは、今日の夕方、玲司の質問から始まった話である。
玲司は、
「十四年ぶりに会えるかもしれないのに、奥さんに会いたいと思わないんですか?」
と、流に聞いた。
聞いた本人である玲司の中では、ある意味、終わっていた話である。
だが、流はそれの答えをずっと考えていたのだ。
「さっき、轟木さんが言ってただろ?」
「え? なにをですか?」
「死んだら終わりじゃないって言われたって……」
「あ、ええ、はい」
「俺も」
流は、そう言って、
「死んだら終わりだって思ってなかった」
と、ぽつりとつぶやいた。
そして、その言葉を噛みしめている。
流は続けた。
「あいつはいつも俺の中にいる。俺たちの中にいるから……」
俺たち、それは流と娘のミキのことに違いない。
ボーン、ボーン、ボーン、ボーン……
タイミングよく、柱時計が午後六時の鐘を鳴らした。
流の言った言葉になんと返せばいいのかわからない、玲司の心情を代弁してくれたようにも聞こえる。
鐘が鳴り終わると、流は、
「なんか、恥ずかしいな」
と、言って細い目をさらに細めた。
「ですね」
玲司が答える。
「聞かなかったことにしてくれ」
「わかりました」
流と玲司は、止まっていた片付けの手を動かした。
燃え立つ紅葉が、ざわざわと鳴っている。
二人の作業を追い立てるように。
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