ライトアップされた紅葉が、まるで燃え立つ炎のように見える。
林田に轟木は帰ってこないと聞かされて、玲司の顔は蒼白になっている。
「まさか、轟木さんが過去に戻ったっきり帰って来るつもりがないなんて思わなかったから、すみませんでした」
謝ってすむ問題ではないと玲司も自覚していたが、謝らずにはいられなかった。
「いや、私も、ちゃんと説明しておけばよかったんだ……」
玲司の思いは、その蒼白になった顔を見ればわかる。林田も、説明足らずであったことを後悔している。だから、それ以上責めることはできなかった。
幸が、心配そうに玲司の顔を見上げている。
そんな、重い空気の中、数が、
「大丈夫よ」
と、優しく玲司に声をかけた。
数は、そのあと、自分の考えを述べた。
「昼間の話を聞いて、林田さんが轟木さんを過去に行かせないためにここに来ていることはわかっていましたし、轟木さんが過去に戻ったっきり帰って来るつもりがないこともわかっていました」
「え?」
玲司は、数の発言を聞いて思わず声をあげた。
轟木に帰って来るつもりがないことを予想していたという。
「じゃ、なんで行かせたんですか!」
思わず、林田が声を荒らげる。
「大丈夫ですよ」
しかし、数は冷静である。涼しい表情のまま、じっと、林田の目を見て、
「では、お聞きしますが……」
と、話しはじめた。
「その世津子さんて方も、ここのルールはよくご存じなんですよね?」
「それは、もちろん……」
「じゃ、その世津子さんて方は、愛する人がこの席に現れて、目の前でコーヒーが冷めるのをただ見ているだけの人なのでしょうか?」
「そ、それは……」
世津子がそんな轟木をただ黙って見ているだけだとは思わない。しかし、万が一もある。轟木がコーヒーをわざとこぼしてしまうなどの強硬手段に出れば、どうなるかわからない。
「でも……」
「大丈夫ですよ、ほら……」
数がそう言って、例の席に視線を走らせると、すっと、一筋の湯気がたった。それはまるで水槽に落とされた一滴の絵の具のように、モヤモヤと席の上で広がり、人形となった。その人形が轟木の姿に変わる。
「ゲンちゃん!」
林田に呼ばれたが、轟木は答えず、
「ばかやろ、声でかすぎんだよ」
と、吐きすてるように言って肩を揺らしていた。
しばらくして、トイレから老紳士が戻って来た。
老紳士は、轟木の前に立つと、
「失礼、この席は、私の席なのですが……」
と、ていねいな言葉づかいで告げた。
「すみません……」
轟木は、そこで、大きく洟をすすりあげ、あわてて席を立った。
老紳士は満足げに、ニコリと笑顔を見せると、音もなくテーブルと椅子の間に体をすべりこませた。
「……ゲンちゃん」
再び、林田が声をかけた。
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