ベッドで横になる妻の頭をなでながら、ふと数年前の出来事を思い出した。夫婦でたまたま臓器移植を扱ったテレビ番組を見ていたとき、妻が「(臓器移植を)私はしたいと思っている」とポロッと言った。
臓器移植は、「意思表示カード」などでの意思表示がない場合でも、家族の同意があれば可能だ。
「臓器を提供することで、妻の一部でも生きているというのが家族の救いにもなるかもしれない」と思い、医師から「救命はできない」と言われてからわずか2時間ほどで臓器提供を決めた。あまりにも早い決断に、「夫がパニックになっている。なだめに行かないと……」と主治医が駆けつけるほどだった。
当日の夕方までに県外にいた3人の子どもたちも病院へ集まった。五十嵐さんは思いを伝え、子どもたちは賛同した。
一方、これに強く反対したのが、妻の母親だった。心臓も肺も動いていて、体も温かい、ただ眠っているだけのように見える……。娘が先に亡くなるだけでも耐えがたいのに、きれいな体にメスを入れるなんて考えられないと大反対した。
「妻の意思を尊重して提供を実現したかった」
その人と過ごした時間はそれぞれであり、どちらの気持ちや判断が正しい、正しくないといえるものではない。医師から「早くて6時間の命」と言われていたため焦りもあったが、数年前の出来事を鮮明に思い出した五十嵐さんの意思は固かった。
「妻の母が今は納得しなくても、一生かけて謝り続けてもいいから、妻の意思を尊重して提供を実現したかった」(五十嵐さん)
臓器提供をするとなると病院からJOTへ連絡が行き、家族には臓器移植コーディネーターがつく。臓器提供の基本的な説明をしてくれたり、家族の疑問点に答えたり、寄り添ってさまざまなサポートをしてくれる。
臓器移植は提供する家族の意思がかなり尊重されるため、準備が進んでいても、「やっぱりやめたい」と迷いが出た段階で提供の中止ができる。また、提供前の脳死判定では6時間以上の間隔をあけて2回、2人以上の医師が行う必要がある(ほかにも細かな規定がある)。
五十嵐さんの妻の場合、反対している親族がいたこともあり、より慎重を期すため、5回にわたる脳死判定を経て摘出手術が決まった。その間に移植コーディネーターから何度も何度も意思確認され、手術が始まる直前にも「いまならやめられます」と言われた。
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