「国の親となりて、帝王の上なき位にのぼるべき相おはします人の、そなたにて見れば、乱れ憂ふることやあらむ。朝廷のかためとなりて、天の下を輔くる方にて見れば、またその相違ふべし」と言ふ。(中略)
帝、かしこき御心に、倭相を仰せて思しよりにける筋なれば、今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを、相人はまことにかしこかりけりと思して、無品親王の外戚の寄せなきにては漂はさじ、わが御世もいと定めなきを、ただ人にて朝廷の御後見をするなむ行く先も頼もしげなめることと思し定めて、いよいよ道々の才を習はさせたまふ。
際ことに賢くて、ただ人にはいとあたらしけれど、 親王となりたまひなば世の疑ひ負ひたまひぬべくものしたまへば、宿曜のかしこき道の人に勘へさせたまふにも同じさまに申せば、源氏になしたてまつるべく思しおきてたり。
<筆者意訳>「国の親となり、帝王の位に昇るべき人相が出ています……しかしその方面で占うと国が乱れる恐れがある、と出ています。朝廷の重臣となり、天下の政治を補佐するという方向で占えば、結果も違ってきます」と高麗人の占い師は述べた。(中略)
この占いの前に、帝は思慮深さゆえ日本人の人相占い師に若宮をすでに占わせていた。そのとき同じ結果がすでに出ていたのだ。そのため今まで若宮を親王にもしていなかった。帝は「高麗人の占い師も同じ結果を出すのか、当たる占い師なんだな」と思った。「若宮を無位の親王に無理やりして、外戚の支えのない不安定な身分にはしたくない。わたしの治世もいつまで続くかわからない……。だとすれば臣下の地位で朝廷の補佐役をさせるのが今後も安心だろう」と帝は決め、若宮にはますます治世の学問に励まさせた。
若宮はとても頭がいい少年だった。臣下においておくには惜しい方だった。しかし親王になれば世間はよく思わないことはわかりきっていた。もう一度評判の宿曜道占い師に占ってもらっても、やっぱり同じ結果が出た。そうして若宮は、親王ではなく、天皇の臣下として「源氏姓」を賜ることが決まった。
こうして占い師の命により、光源氏は親王にはならないことが決まった。親王とは、次の天皇が確約されるポジションのことだ。
天皇の子でありながら天皇にはならない身分が絶妙
光源氏は、いうまでもなく最上級に身分の高いプリンスである。しかし彼は天皇の息子として生まれながらも、臣籍降下=「次の天皇にはならない身分」となったのだ。実はこの設定もまた『源氏物語』全体で考えると絶妙なのである。
親王にはならない(から政権抗争に巻き込まれることはない)が、身分は日本でほぼ一番といっていいくらい高い。この身分ゆえに光源氏はさまざまな女性と自由に恋愛することができる。
ちなみにこれが親王になってしまうと、お世継ぎを産む、産まないという事情が出てくるので、自由恋愛どころの話ではない。紫式部はものすごくいい設定を与えているのである。根拠が「占い」というのも、当時は否定しようがないので、読者は疑問を持たないだろうし。
主人公・光源氏の幼少期は、美しく、賢く、そして才能にもあふれていた。しかし「天皇の息子」でありながら「天皇」にはならないところが、また絶妙なキャラクター設定なのである。このようなキャラクター設定ゆえに、のちに光源氏はさまざまな女性と恋愛遍歴を持つことができた。
紫式部は、この時点で『源氏物語』を光源氏がさまざまな女性と恋愛する話にしたいという構想を練っていたんだろうな、と想像できる。「占い」も、『源氏物語』において重要な伏線だったのだ。
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