ダメ男「太宰治」ずば抜けて身勝手なのにモテた訳 間抜けなことをするけど、放っておけない魅力

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小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。そのうちに、ふとあなたの私に対するネルリのような、ひねこびた熱い強烈な愛情をずっと奥底に感じた。ちがう。ちがうと首をふったが、その、冷く装うてはいるが、ドストエフスキイふうのはげしく錯乱したあなたの愛情が私のからだをかっかっとほてらせた。そうして、それはあなたにはなんにも気づかぬことだ。
私はいま、あなたと智慧くらべをしようとしているのではありません。私は、あなたのあの文章の中に「世間」を感じ、「金銭関係」のせつなさを嗅いだ。私はそれを二三のひたむきな読者に知らせたいだけなのです。それは知らせなければならないことです。私たちは、もうそろそろ、にんじゅうの徳の美しさは疑いはじめているのだ。

「川端康成へ」と題されたこの文章は、太宰の人柄をよく表している。

自己中もここまでくると立派でさえある。ただの愚痴といえば確かにそうだが、文体からは素人に真似できないリズム感と瑞々しさが醸し出されており、読んでいてとにかく楽しい。

そして、グダグダがまだ尽きない……。

菊池寛氏が、「まあ、それでもよかった。無難でよかった。」とにこにこ笑いながらハンケチで額の汗を拭っている光景を思うと、私は他意なく微笑む。ほんとによかったと思われる。芥川龍之介を少し可哀そうに思ったが、なに、これも「世間」だ。石川氏は立派な生活人だ。その点で彼は深く真正面に努めている。

神経質で世間体を気にする川端に続いて、恰幅のよい菊池寛までが登場してきて、思わずクスッと笑えてくる。太宰は、雲の上の存在だと思いがちな文豪の方々を、数少ない言葉でスケッチし、非常にリアルに描いている。大人気ないと思いつつも、面白いと認めなければならない。

当然ながら、そのような挑戦状が発表された後に「お願いしまーす」と懇願されても、川端はいい顔をしない。そのせいか、第3回芥川賞の選考過程で太宰の作品は候補にものぼらなかった。いわば自業自得というやつだ。

とはいえ、その背景情報を踏まえてもなお、「私に与へてください」というくねくねした文字を眺めながら、「かわいそう……」となぜか同情してしまう自分がいる。

ダメ男のチャンピオンとして文壇に君臨

川端に宛てられたその有名な手紙以外にも、太宰の正気を疑う個人的な文章が多数残されている。

例えば、井伏鱒二に弟子入りを申し込んだときの手紙。その際に、太宰は会ってくれなかったら死ぬという意味合いのことを書いて、自らの意気込みをアピールしたそうだ。豆腐メンタル気質丸見えの脅し文句にもかかわらず、井伏鱒二師匠はそれでも心を動かされてしまい、結果的に彼のわがままにとことん付き合って、経済的援助までする羽目になった。今思えば、迷惑な話である。

割と仲が良かった佐藤春夫とも一悶着があって、中原中也とよく殴り合っていたそうで、三島由紀夫とは喧嘩したという多彩な黒歴史を持つ太宰治。非常識な発言や行動に関するエピソードは本当に多く、そのダメンズ具合はさすがなものだ。

女トラブルだの、マネートラブルだの、同じ時代の文豪たちもまた模範的に生きていたとは言いがたいが、そのなかでもなお、太宰はダメ男のチャンピオンとして文壇に君臨した。他の誰に比べても、ずば抜けて身勝手でどうしようもない男だった。

それでも憎めない。むしろ、そういう間抜けなことをしちゃうからこそ好き。そう、基本的にダメなんだけど、放っておけない。それは太宰治の魅力なのである。

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