金哲彦さん分析「箱根駅伝、データでみた注目大学」 2022年の1万メートル、駅伝の結果から徹底予想

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2022年の箱根駅伝。ゴールテープを切る青学大アンカーの中倉啓敦(写真:1月3日、東京・大手町[代表撮影]/時事通信)
足を蹴り上げ、腕を大きく振る――。この「走る」というシンプルな動作に隠されている心とのさまざまなつながりを、プロランニングコーチの金哲彦さんがひもといていく本連載。今回は特別編、第99回箱根駅伝のみどころについて、NHKラジオ放送の解説者でもある筆者がお伝えします。

平成の後半あたりからでしょうか。「箱根」という神奈川県の地名を聞いて「温泉」より「駅伝」をイメージする人が多くなったように思います。箱根駅伝はあくまで学生スポーツの1つですが、メディアで取り上げられる頻度や人気がスポーツの中でも突出しています。

子どもも「選手になりたい」駅伝

正確にいつだったか記憶にありませんが(平成の半ば以降だと思います)、子どもたちも出場するマラソン大会の表彰式で、優勝した小学5年生の男の子に「優勝おめでとう!将来の目標は何?」とインタビューしたときのエピソードを思い出します。

健脚の男の子は間髪入れず「箱根駅伝の選手です」と答えました。私は「えっ、オリンピック選手じゃないの?」と聞き返しました。より高い目標と志をもって欲しいという大人の勝手な期待です。

男の子は躊躇せず「オリンピックは難しそうだけど、箱根駅伝の選手なら頑張ればなれそうだし、有名になれるから」とキッパリ言いました。小学生ながら世の中の現実がしっかりわかっているなぁと感心したものです。

そもそも、箱根駅伝は大正9年(1920年)に始まりました。ことの発端は、大正元年に日本初のオリンピック選手としてストックホルム五輪に出場した金栗四三氏が、マラソンで経験した失敗が契機でした。

そのころはマラソンのような長い距離を走る選手が極端に少なかったので、世界に挑むための長距離ランナーを数多く育成する学生スポーツイベントとして考案されたのです。当初は東海道をひたすら走り、完走するのがやっとの長距離耐久リレーマラソンのような牧歌的なレースだったと思います。

2019年に放送されたNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺』では、黎明期のいきさつがドラマという形で詳しく語られています。

そして、黎明期の大正、戦争から立ち直った昭和、長かった平成、コロナ禍で苦しんだ令和という4つの激動の時代を乗り越えて今に至っています。

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