本当に「上流階級」が民主主義を支配しているのか 「エリート」対「大衆」というストーリーの功罪
また、リンドは「反知性主義」や「権威主義的パーソナリティー」などの学術用語はエリートが大衆を貶めるために生み出されて濫用されてきたという問題を指摘しながら、トランプ支持者たちのポピュリズムはエリート支配に対する当然の反動であると主張して、現代のアメリカに1970年以前の民主的多元主義を復活させる必要があると論じている。
民主主義に「正解」はあるのか
リンドの主張は必ずしも突飛なものではない。2021年に『実力も運のうち 能力主義は正義か?』が日本でベストセラーになった哲学者のマイケル・サンデルも、リンドと同様に新自由主義やテクノクラシーを批判している。
また、リンドが事態の解決策として提案している「民主的多元主義」は、サンデルが支持する「コミュニタリアニズム(共同体主義)」にも通じるものである。……同時に、サンデルの著書が抱えていたのと同様の問題が『新しい階級闘争』にも含まれていることは否めない。
たとえば、リンドは「党派主義を抑えて中立的な価値観に立ちながら効率を追求すべきだ」という発想はエリートを利するテクノクラシーでしかないと否定して、政治や経済だけでなく文化についても労働者や大衆を含むさまざまな社会集団が自分たちの価値観を堂々と主張し合う、民主主義的な議論や交渉が活発に行われるべきだと書く。
しかし、現在のアメリカで実際に行われている社会運動については、上流階級の人々が金持ちの出資する非営利団体に参加しながら行っているものだと指摘して、大衆による草の根の運動ではなくエリートの整備する「人工芝」であると否定的に表現している。
だが、民主主義の社会には、「労働者vsエリート」という経済的な争点の他にも文化やアイデンティティーに関するさまざまな争点が存在するものだ。たとえば、女性の労働者がジェンダーや妊娠中絶の問題に関して大学卒の活動家と同様の意見を抱いており、大衆の多数派に逆らうフェミニズム運動に参加する、という事例が想定できるだろう。
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