本当に「上流階級」が民主主義を支配しているのか 「エリート」対「大衆」というストーリーの功罪

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それ以前のアメリカは労働組合の力が強く、大衆の利益を代表する政治家も市民団体も存在しており、労働者たちは経営者や富裕層に政治的に対抗することができた。さまざまな中間団体が政治過程に加わり、交渉や妥協を重ねて経営者や政治家の思惑と労働者や大衆の利益を調整する「民主的多元主義」が存在していたのである。

しかし、70年代以降、エリートたちは民主的多元主義に「腐敗まみれの縁故資本主義」というレッテルを貼って「効率的な社会運営のためには、政治家や政策決定者の権限を強くして、市場に対する民主主義の干渉を弱めなければならない」と主張した。そして、労働組合の力を弱めて、産業の規制緩和や公共サービスの民営化を行ったのである。政治家たちは労働者よりも企業の顔を伺うようになり、エリートに対する拮抗力を失った大衆は自分たちに不利な政策を阻止する手段を持たなくなってしまったのだ。

「大衆」が「大衆」を攻撃してしまう構造

ネオリベラル革命は、企業が国家間や国内の地方間における賃金・規制・税制の違いを利用する「アービトラージ」戦略を実行するための土台を整えた。

リンドによると、グローバリズムや非熟練移民の受け入れもアービトラージ戦略の一種である。それらは、国外や国内の安価な労働力を利用したいと望む企業や富裕層にとっては利益になるが、外国の労働者や移民と競争することになる国内の労働者にとっては不利益をもたらすのだ。

そして、大衆は移民やその子孫を仕事や社会保障を奪い合う「敵」だと見なすようになり、エリートによる支配に対抗することよりも移民を批判することを優先してしまうようになった。大衆も移民も労働者階級であることに違いはないが、団結して共通の利益を主張することができなくなったのだ。

リンドは社会学における「労働市場分断仮説」などを参照しながら、労働者が移民を敵対視するに至る背景を分析している。そして、トランプを支持した労働者の背景にある事情に想像を働かせず、安直なレッテルを貼ってトランプ支持者を非難したエリートや知識人を厳しく批判する。彼らは、労働者が自分たちの利益について賢明で合理的な判断をした結果としてトランプに投票した可能性を認めず、インターネットを通じてアメリカの選挙戦に介入したロシアの操り人形にすぎないと表現したり、移民や同性愛に反対する差別主義者と決めつけたりしたのだ。

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