国の一般会計が自賠責保険から「借金」していた 財務相は「1回ですべてお返しするのは無理」

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確かに、この時期、特別会計でため込んでいる積立金が「霞が関埋蔵金」と呼ばれ、それを取り崩せば増税なしに財政支出に使えるという言説が流行した。だから、特別会計が目立つように積立金を持つと、取り崩せと政治的に言われかねない情勢だった。自賠責保険も例外ではない。

一般会計からの繰り戻しを強く迫っても、それによって自賠責保険の積立金が増えた結果、それを取り崩せと言われかねない。一般会計からの繰り戻しがないほうがかえって、そのターゲットにされずに済むという背景もあっただろう。

ただ、一般会計からの繰り戻しが途絶えたため、自動車安全特別会計は、必要な事業の支出のために、積立金を取り崩さざるをえなくなった。また、2010年代に入るとゼロ金利が常態化して、自動車安全特別会計が持つ積立金の運用益もどんどん少なくなっていった。

2018年度以降、一般会計からの繰り戻しが少しずつだが再開されたが、国土交通省の試算によると、現在のペースで自賠責保険の積立金を取り崩せば、2038年度には積立金は枯渇するという。

このように、積立金が枯渇して必要な事業の財源が確保できなくなることを避けるため、前掲のように、自賠責保険の賦課金を2023年度から100~150円引き上げることを、国土交通省が提案したのである。

問題の根本は自動車安全特会事業の支出超過にある

もちろん、「借金」の残額を一般会計から早期に繰り戻せば、積立金の枯渇する年は先延ばしできるだろう。しかし、現行の賦課金収入と積立金の運用収益以上に、自動車安全特別会計の事業で支出を行っているから、積立金を取り崩さざるをえないという根本問題がある。この問題は、事業に必要な支出に比して今の収入が足りないことに起因するものであって、一般会計が「借金」を返さないからではない。何せ、一般会計は、利息分まで含めて返すことを約束しているからである。

一般会計が「借金」を返せば、確かに目先の賦課金を増額することを少なくはできるだろう。しかし、「借金」を一度に返しても、同特別会計が営む事業への支出が今の収入に比して多いことには変わらず、賦課金を幾ばくかは上げざるをえない。

もちろん、財務省が国土交通省の無駄な公共事業費を6000億円削って捻出すれば、「借金」は一度に返せる。しかし、国土交通省はこれを拒む。それなら、他省の予算を削ればというと、他省も嫌がる。「借金」返済のために増税するかというと、自動車ユーザー以外の人はなおさら嫌がる。一度に返すのにはハードルが高い。

自動車安全特別会計には、被害者支援と事故防止のために、持続可能な制度設計と財源確保が求められている。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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