妙なことはほかにもある。暗殺される日、午前6時の早朝に福島県令の山吉盛典が、大久保を訪ねている。というのも、大久保は全国の府県令に対して、開墾のための大規模公共事業を奨励していた。その日も、福島県の安積での大事業について山吉が決意表明すると、大久保は熱く激励した。そして改めて開墾の必要性を力説している。
「海外諸国の実況を伝聞し、また実際にこの目で見てきたが、わが国のごとく肥沃な土地はほかにない」
続いて大久保が語ったのが「明治維新30年構想」である(前回記事参照)。大久保にしては珍しい多弁は、はたして偶然なのだろうか。その数時間に大久保はこの世を去るため、これからの日本のビジョンを語った言葉が、実質的な遺言となってしまった。
「国費の無駄遣い」という誤解
それにしても、暗殺犯の島田らは、なぜそれほど大久保を憎んでいたのか。島田らが携えた斬奸状には、大久保による専制政治への批判がつづられていた。卓越した指導者か、もしくは独断専行の権力者か。大久保について評価が割れるのは、仕方がない。だが、彼の実行力をなくして、幕末から明治の混迷期を乗り越えることはできなかったのは、確かである。
また、暗殺の理由が述べられた斬奸状には「国費の無駄使い」も挙げられていたという。しかし、大久保は人知れず、国家の公共事業に私財を惜しみなく投じていた。そのため、死後は財産ではなく、8000円(現在の紙幣価値で約1億6000万円)もの借財を家族に残している。
島田らの大久保殺害の動機は、あまりにも的外れだといわざるをえない。とことん誤解されたという意味では、大久保らしい最期だったのかもしれない。
薩摩藩における下級武士の子から身を立てて、倒幕を成し遂げ、明治政府における最高権力者にまで上り詰めた大久保。47年の人生の最期に何を思っていたのか。
いつも持ち歩き、死の直前にも読んでいたらしい。持ち主を亡くした馬車の中からは、西郷からの手紙が2通、見つかったという。
(完)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』 (新潮選書)
勝田政治『大久保利通と東アジア 国家構想と外交戦略』(吉川弘文館)
清沢洌『外政家としての大久保利通』 (中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
磯田道史『素顔の西郷隆盛』 (新潮新書)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
遠山茂樹『明治維新』 (岩波現代文庫)
井上清『日本の歴史 (20) 明治維新』(中公文庫)
坂野潤治『未完の明治維新』 (ちくま新書)
長野浩典『西南戦争 民衆の記《大義と破壊》』(弦書房)
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