死後52年「三島由紀夫」が心酔した書「葉隠」の中身 「わたしのただ一冊の本」とまで呼んでいた

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『葉隠』というと「武士道というは、死ぬ事と見付けたり」という言葉に象徴されるように、どうしても「死」というものがクローズアップされますが、私には「生」も濃厚に表現されているように思うのです。

「死」のことについて触れた直後に「一生、失敗を犯すことなく職務を遂行することができる」と書いていることもそうです。 

武士道とは死に物狂い

また「武士道とは死に物狂いそのものである。死に物狂いになっている武士は、ただの1人でも、数十人が寄ってたかってもこれを殺すことが難しい」と言った佐賀藩の藩祖・鍋島直茂(1538~1618)の言葉を紹介したうえで「正気では大仕事はできない。狂気となり、死に物狂いで立ち働くまでだ」と解説を加えていることもそうでしょう。

『葉隠』の「死」の中に「生」も同時に立ち現れているといえないでしょうか。死ぬことが生きること、生きることが死ぬこと。死を覚悟することによって、人生の展望が拓けてくるというのが『葉隠』が説く、ある意味、究極の「処世術」のように私には感じます。とは言っても『葉隠』の言葉をそのまま現代に活かそうと思えば、それはそれで大変なことになるでしょう。

人間の考え方も、江戸時代と現代とでは相当違うのが当然です。しかし、そうであったとしても『葉隠』の中には、今回紹介した話だけではなく、人間とはどのようなものであるか、どう生き、どう死ぬべきか、危機への対処法など有益な情報がつまっているように思います。三島由紀夫が心酔した書物だけのことはあるといえましょう。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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