三男の利武は、次のように語っている。
「叱られたという記憶がありませぬ。子どもは大変かわいがったほうで、私どもは学校から帰ると父が役所から帰ってくるのを楽しみに待っていたものです」
馬車の音がすれば子どもたちは「お父さんが帰ってきた!」と争うように玄関に急ぎ、我先に大久保の靴を脱がした。大久保はおもしろがってわざと靴紐を硬くしたり、緩くしたりして、子どもたちの反応を楽しんだとか。お茶目である。
わずかな時間でも子どもと過ごすことを優先
思えば、大久保は幼少期に父が薩摩藩のお家騒動に巻き込まれて島流しにされ、極貧にあえぐ幼少期を過ごしている。そんなつらい記憶があるからこそ、家庭の平和を大事にしたのかもしれない。
激務のため、家族と食事をともにすることは難しかった。それでも毎週の土曜日だけは、家族とできるだけ会食をするようにしていた。また、出勤前や帰宅後のわずかな時間も、子どもと過ごすことを優先させたという。
明治11(1878)年5月14日。きっとその日も、子ども達との束の間の時間を楽しんでから、出勤したのだろう。大久保は馬車で皇居へ向かおうとしていた。
しかし、いつものように家の玄関を出た大久保が、「ただいま」と家族のもとに帰ってくることは二度となかった。
(第58回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』(新潮選書)
勝田政治『大久保利通と東アジア 国家構想と外交戦略』(吉川弘文館)
清沢洌『外政家としての大久保利通』(中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
磯田道史『素顔の西郷隆盛』 (新潮新書)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
遠山茂樹『明治維新』(岩波現代文庫)
井上清『日本の歴史(20) 明治維新』(中公文庫)
坂野潤治『未完の明治維新』(ちくま新書)
大島美津子『明治のむら』(教育社歴史新書)
長野浩典『西南戦争 民衆の記《大義と破壊》』(弦書房)
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