「天」を「海」、「雲」を「波」、「月」を「船」、「星」を「林」に見立てるなんて、ものすごく派手な歌である。天の海に、雲の波が立って、そこに月の船が、星の林に漕ぎ隠れていく。壮大で美しい、でもちょっと高らかすぎるっちゃ、高らかすぎる歌。
天を海に見立て、雲を波と捉え……というと、どこか漢詩っぽいなと思う人もいるかもしれない。人麻呂の時代はまだ漢詩も多く詠まれていたし。
しかし実際に調べてみると、「月の船」という用語は、中国の漢詩ではなく、『懐風藻』という「日本人の漢詩集」に登場するらしい。人麻呂が詠んだ「漢詩っぽい和歌」が、実際の漢詩の影響を受けているというよりも「日本の俺たちが思う漢詩っぽい表現」の影響を受けている。なんだかねじれていて面白い現象である。
ちなみに題詞(和歌の前にある序文のようなもの)に「詠天(天を詠める)」とあるのだけど、こういうふうに題材があらかじめ決まっている歌を「詠物歌」という。ほかにも「雨を詠む」とか「岳を詠む」なんてバリエーション豊かな詠物歌がある。
中国は、六朝時代あたりに何かテーマをもって詠む「詠物」詩が流行していた。さらに万葉集の「詠物歌」の題の並べ方も、中国の辞書の影響を受けているといわれている。天や土地に関する題(月や河など)→動植物に関する題(花や鳥など)→人事(故郷や琴など)といった分類の並べ方が、中国の辞書の題材の並べ方とそっくりなのだ。
万葉集は一朝一夕に誕生したわけではない
万葉集というと「日本で初めて和歌だけを集めた大著」という紹介をするけれど、中国の漢詩文の影響も大いに受けている。
前回紹介した家持の和歌にも、中国の漢詩文の影響はよく見られる。有名な和歌なので知っているかもしれないけれど、
(春の苑の、紅に色づく桃の花に染められて下まで色づいている道に、立っている女の子)
この歌に出てくる「春苑」や「紅桃」は漢詩でよく使われる表現なのだ。桃の花と乙女……少女漫画か?と思ってしまうほどに乙女チックな和歌だが、実は漢詩が下敷きとして存在する。万葉集だって一朝一夕に誕生したわけじゃない。中国の古典や、個人の私家集があって初めて、こんな大きな歌集が生まれたのだ。
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