被害者とその家族の無念さとともに、画面からはつねに死臭が漂ってくるような物語は気分のいい展開をいっさいみせませんが、興味関心を惹きつけるキャスティングと制作体制であることは確かです。
ジェフリー・ダーマーを演じているのは、脂ののったハリウッド俳優のエヴァン・ピーターズです。そして、エヴァンの名前が売れた人気テレビシリーズ「アメリカン・ホラー・ストーリー」をプロデュースしたライアン・マーフィーが今回の「ダーマー」を手がけています。
ライアンはNetflixと300億円超と言われる破格の金額で契約しているヒットメーカーでもあります。彼の別の代表作にあるミュージカルコメディ「glee/グリー」で組んだもう1人のクリエイター、イアン・ブレナンと共に製作総指揮として、潤沢な資金で「ダーマー」を作り上げています。
ホラー要素が強すぎた前半戦
ただし、期待以上の作品とは言えません。描き方にいくつか問題があるからです。1つ挙げるなら、主軸テーマがブレがちです。物語は冒頭、ミルウォーキーの善良な住民でダーマーの隣人、グレンダ(ニーシー・ナッシュ)の視点から始まり、ラストもグレンダの目線で語られるのですが、一貫性はありません。
少なくとも全10話のうち前半戦の5話はジェフリー・ダーマーそのものがテーマであることを色濃く印象づけたまま進んでいきます。「ダーマー: モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語」というわざわざ「ダーマー」を主題と副題で重複させていることに象徴されてもいます。
それが突如、第6話から変化します。犠牲者とその家族がテーマになることに異論はありませんが、これ以降、後半戦は10年以上にわたって平然と繰り返される殺人を野放しにした警察組織にも問題があったことや、同性愛者や黒人、アジア人への差別が根強い社会も関係していること、父親の想いなども浮き彫りにしていくものの、前半戦以上のインパクトを残せていません。
グレンダの「これはハロウィーンの話ではない」という力強い台詞でさえも、前半戦の凝った演出のホラー要素のほうが打ち勝ってしまっているかのようです。主軸テーマはいったい何なのか。盛り込みすぎてかえって、ボヤけてしまっている中途半端さは否めません。
もう少し筋を通して描くことはできなかったのか。そんな疑問も生まれます。被害者家族への考慮が足りない点において非難の声も上がっています。悲惨な事件現場を巧妙に追うよりも、今この事件を描くのならば、背景にこそ主軸を置くべきという意見があるのは当然です。
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