食中毒の元凶「アニサキスと戦う男」の壮絶な実験 アジの加工品を作る水産加工会社の試行錯誤
「もともとパルスパワーはレールガンなど軍事技術として使われていたものです。それを熊本大が産業向けに応用できないかと研究を進めてきました。現在は排ガスや排水の浄化やリチウムイオン電池のリサイクルなどに用いられています」
パルスパワーの特徴は3つ。1つめは大きな電力であること、2つめは短時間なので必要最小限のエネルギーで終わらせられること、そして3つめはパルスとパルスの間に緩衝する時間があるため、温度が上がりにくいこと、だ。
寄生虫とはいえ生物にパルスパワーを用いるのは初めてだったが、これがまさにアニサキス対策にマッチした。
「パルスの電力はものすごいパワーなので、魚の身に守られたアニサキスでも感電死させることができます。また、短時間でかつ緩衝時間があることで温度が上がりにくいため、商品であるアジの身のダメージを最小限にできる。井上社長から話があったときには、”パルスパワーならできる”と思いました」(浪平さん)
初の面会で、いきなり実験
2017年10月、井上さんは浪平さんのゼミ室に向かった。カバンの中にしのばせていたのは、数十匹の同行者、アニサキスが入った小瓶だった。「現物を持っていったら、今日、この場で実験してくれるかもしれない。藁にもすがる思いでした」という。
一方で、そんなこととはつゆ知らず、今日は話を聞くだけだと思っていた浪平さん。井上さんのアニサキス退治にかける思いに強く共感するも、いきなり生きたアニサキスを見せられ、「まさか今日、実験!?」と不安がよぎる。
「浪平先生、いまから始めましょう」
井上さんの勢いに押されるように、2人は200m先の研究室へ。部屋の中に設置された装置の電極間に数匹のアニサキスを乗せると、浪平さんはパルスパワー装置の電源を入れた。
パン! パルスが発生した音がして、そこには弓状になったアニサキスがいた。井上さんがいくらつついても動かない。感電死したようだった。
「アニサキスは生きているときはとぐろを巻いているんですが、死ぬと弓状になることが多い。これを見て、月並みな表現ですが、暗闇の中に一筋の光が差したという心境でした」
と井上さんは振り返る。
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