「住宅ローンを支払うことを考えたら、年齢的にも早めにスタートしたほうがいいし、二世帯なら親がお金を半分援助してくれると言ってるんだ。数年間でも家賃を払って賃貸に住むなら、新しい家を建てたほうがいい」
そして、これはふみひこの考えというよりも、親の要望なのだというのが言葉の端々から伝わってきた。それがわかるとなおさら、「うん」と言えないはつえがいた。
正装もできない礼儀知らずの女
この話が持ち上がってからというもの、デートをするたびにその話になり、2人の雰囲気もどんどん険悪になっていった。
あるとき、ふみひこの一人暮らしの家で2人でお昼を食べていると、家の話題から、ふみひこの親ははつえをどう思っているかの話になり、そこから大喧嘩になった。ふみひこが嫌味な口調で言った。
「あのさ、はつえちゃん、初めてウチにあいさつに来たとき、セーターを着ていたよね。母親が、『常識ある女性なら正装で訪問してくるはず。親や仲人さんは教えてくれなかったのか』って言ってたんだよね」
その日は、クリーム色のカシミヤセーターにベージュのフレアスカートを履き、パールのネックレスとイヤリングをしていった。はつえとしては、清楚なおしゃれをしたつもりでいた。
「あと、『今どき車の免許を持っていないなんて、親御さんが取らせなかったのか』とも言ってた」
はつえはそれを聞いてうんざりし、語気を荒らげて言った。「前々から言おうと思っていたけど、ふみひこさんってご両親のいいなりよね」。
そして、ついに本音を言ってしまった。
「私、今よりも不便でへんぴな場所に住むのは、抵抗あるの。もっと嫌なのは、お義父さんやお義母さんと同居すること。ふみひこさんはご両親に頭が上がらないじゃない。結婚して、私がご両親とケンカになったときに、私じゃなくて、向こう側につくのが目に見えているから」
もう言葉が止まらなかった。
「結婚の具体的な話をするようになって、ふみひこさんの素がだんだん見えてきて、一生一緒にいられるかどうか自信がなくなってきたの。今日はもう帰る!」
そのままふみひこの家を出て、帰路についた。家に帰ってきて、母親に事の経緯を説明すると、母親が言った。
「そうね。そんなところにお嫁に行ったら、あなたも苦労するかもね。まだ籍を入れた訳ではないし、今はお互いに感情的になっているだろうから、冷静になってよく考えてみなさい」
そこから毎日あったふみひこのLINEが来なくなり、1週間後に『やっぱりこの結婚は難しいと思う。白紙に戻そう』という連絡が来た。そのLINEを読んで涙は出てきたのだが、どこかでホッとしている自分もいたという。
両性の合意に基づいて成立するのが結婚なのだが、親から反対を押し切って結婚するのは、そこに2人の強い気持ちがないとできることではない。
もちろん、周りから祝福されて結婚しても、うまくいかずに離婚に至るカップルもいる。反対されて結婚したのに、一生幸せに添い遂げる夫婦もいる。結婚で幸せになれるかどうかは人間万事塞翁が馬ということか。
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