もちろん、訊かれた側も安易に答えてはいけません。これは子育てや教育の分野でも同じです。親や教師が「自分で考えるように仕向ける」コミュニケーションを取らなければ、その子はいつまでも「依存体質」となってしまいます。
直面した疑問や課題がどんなに難しくても、他人がどんなに優れて見えようとも、他人に頼りたくなる誘惑に負けてはいけません。
「人に訊く」ことも「人に答える」ことが当たり前だった時代から無礼な行為と認識される時代に変わることを望みます。そしてその延長線上に「疑問」が矛盾から得られる言葉ではなく、「好奇心」から得られる言葉へと昇華していくのかもしれません。それこそ生まれたての赤ん坊が大人へと成長していく過程でたくさんの疑問を持つように。
擬似相関に騙されるな
擬似相関という言葉をご存知でしょうか。私は経営コンサルタントとしてクライアントや顧問先の経営会議やプロジェクトの企画会議に出席することが多いのですが、多くのビジネスシーンで数値の罠に陥っているシーンをよく目にします。その代表例として擬似相関を挙げます。
この擬似相関も「疑う」際には有害になります。「疑う」の反対は「認める」ですので擬似相関の罠に陥ると、それを基にした判断には落ち度があるにもかかわらず、落ち度がない判断(論拠が成立している判断)を下してしまいます。
擬似相関を一言で表すと「あたかも相関があるようにみえる相関関係」になるでしょうか。少しわかりやすく説明します。
例えば、
A「育毛剤を使用する人は、老後にハゲていることが多い」
これは、代表的な擬似相関です。一見すると、育毛剤に何か問題でもあるような感覚を抱きます。しかし、そもそも育毛剤を使っている人はどんな方が多いかと考えれば、罠だとわかると思います。つまり、もともと育毛剤を使う人はハゲやすい体質だったり、すでにハゲていたりするわけですから、「老後にハゲていることが多い」のは当たり前です。それゆえに、「A」の文脈には相関関係はありません。
では、さらに問題です。
次の2つの話のうち、正しいのはどちらの話でしょうか。
①太陽の位置が変われば時間が進む
②時間が経てば太陽の位置が変わる
答えは「2つとも間違っている」です。とくに、②については正解と思った方も多いのではないでしょうか。でも、改めて考えてみてください。地球の自転が止まった場合、太陽はどうなるでしょうか。そもそも太陽の位置が変わるように見える事象は、地球の自転によるものです。そのため、仮に自転が止まった場合、太陽の見かけ上の動きはなくなります。つまり、時間と太陽には、本来全く関係がありません。
「自分の頭で考えられるようになる」ためには論拠を組み立てて、あるいは論拠の罠にも騙されず、自分自身で独立して(誰にも頼らず)思考を論理展開できるようになれるかどうかに尽きます。
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