ヤマザキマリが語る「心の免疫力の身に付け方」 深く傷つくこと、失敗することも時には必要だ

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失敗や間違いを犯すことを恐れて身を縮め、生きているんだか死んでいるんだかわからない人生を送るよりも、いざダメージを被った場合の回復力を鍛えておくほうが、生き方としてはずっと合理的だと言えるでしょう。そのほうが、人間に備わっているあらゆる情緒も、そして思いがけない判断や行動をとってくれる動物的本能も、フルに稼働させることができると思います。

14歳のとき、私は母に推し進められるようにして1カ月間ヨーロッパを一人で旅しましたが、ドイツへ移動するためにパリのリヨン駅から北駅に行く際、移動の手段が皆目わからず、道のど真ん中で茫然と立ち尽くすという経験をしました。言葉も通じず、もちろん携帯電話もなかった時代です。

「まずい。このままじゃ行き倒れになる」

"路頭に迷う"とはまさにこのことを言うのかと実感したそのとき、ふとそんな思いが自分のなかに芽生えたのです。右にも左にも体が動けなくなるほど追い詰められたことで到達した境地だったのでしょう。そして冷静になり、手を上げてタクシーを止めることを思いついた。タクシーの運転手に列車のチケットを見せれば、どこの駅に行けばいいかをきっと教えてくれるだろうと、再び歩き出しました。

失敗で得られることも多い

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黙っていても誰も助けてはくれません。頼るのはもう自分だけ、そう自分を奮い起こして歩き出したときのあの感覚を、今でも忘れることはありません。子どもなりに、死をどこかで意識するほどの切迫した危機に瀕したからこそ得られた気づきでした。

繰り返しますが、深く傷つくことも、失敗することも、追い詰められることも、生きていればあって然るべき現象であり、すべてを避けて人生を全うするなど不可能でしょう。けれど、そういった負の経験を経なければ絶対得られないエネルギーや精神力があることだけは、断言していいかと思います。

我々の人生を統括する予定調和や理想といったものにすがって生きることの危うさや疑念も、やはり傷ついたり落ち込んだりを経験してでしか習得できないものだとも言えるでしょう。

ヤマザキ マリ 漫画家・文筆家・画家

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やまざき まり / Mari Yamazaki

1967年東京都生まれ。漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。17年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ章受章。著書に『プリニウス』(新潮社、とり・みきと共著)、『国境のない生き方』(小学館新書)、『オリンピア・キュクロス』(集英社)など多数。

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