私たち経済学者が「コロナ感染の分析」に挑んだ訳 研究者が政策現場で果たすべき役割は何が重要か

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2つ目は、専門家としての文化の違いです。鈴木基先生(国立感染症研究所・感染症疫学センター長)もあるインタビューで語っておられましたが 、日本の感染症専門家の間では、まだ論文で示されていないような不確実性の高い要因を考慮した見通しはなかなか出しにくいと考えられているようです。

この点は、2021年3月後半に感染症専門家の方々と変異株に関する議論をしていたときに強く感じました。変異株の今後の推移は不確実性が高いので、それを考慮した見通しも出しにくいという考え方です。

もちろんそれも1つの考え方だと思いますが、分析や見通しが何もなければ政策現場は困ります。「ある条件下ではこういう結果になる」「別の条件だったら結果がこう変わる」といったシミュレーションを提示するだけでも、政策現場の方々のお役に立てると思うのですが、そういう分析を公表するのが難しい事情が感染症専門家の世界にあるのだと観察しています。

感染症以外の研究者が発信する意義

藤井:この点でも、私たち経済学者やAI-Simプロジェクトに参画されている理工系の研究者が取り組んだ意義はあったのではないかと思います。もし感染症の専門家の方々がこうした分析を出しにくいならば、その文化に左右されない他分野の研究者が発信することで、補完することができます。

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仲田:この点においてAI-Simプロジェクトは非常に大きな役割を果たしたと思っています。GoToトラベル政策、ワクチン接種、変異株、五輪、ワクチンパスポートといった要素が加味された見通しが感染症数理モデル専門家からほとんど提示されなかった中、AI-Simプロジェクトに参加している研究チームがこういった要素を加味した政策判断の役に立つ分析を提示してきたことで、何とかある程度の科学的根拠を政策決定の場に届けることができたと考えています。

私たちが分析の毎週更新を始めたのは、2021年1月からですが、2020年からAI-Simプロジェクトに参画されている畝見先生、大澤先生、倉橋先生、栗原先生は2020年秋からほぼ毎週、「データを取り込んで、パラメターを推定して、見通しを提示する」という作業を続け、政策現場に届けてきました。彼らは裏方に徹しているので世間ではあまり知られていませんが、コロナ禍における科学の役割を振り返る際には、彼らの貢献を省略することがあってはならないと思います。

(9月28日配信予定の第2回に続く)

仲田 泰祐 東京大学大学院経済学研究科 准教授

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なかた たいすけ / Taisuke Nakata

米連邦準備理事会(FRB)の主任エコノミストを務めた金融政策とマクロ経済のプロフェッショナル。2020年に日本に活動拠点を移した後、新型コロナの感染と経済影響に関する試算で注目を集める。1980年生まれ、2003年シカゴ大学経済学部卒業。カンザスシティ連銀調査部からキャリアを始め、12年にニューヨーク大博士(経済学)。「社会に役立つ分析」を掲げる実践派経済学者の代表選手。

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藤井 大輔 東京大学大学院経済学研究科特任講師
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